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革新攻防(上) 米中2強、資金力突出 日本、技術競争退場の危機

米国と中国が激しく覇権を争う先端技術の開発で、日本の存在感の低下に歯止めがかからない。世界のテクノロジーの潮流から脱落する危機が迫る。
 
量子研究で後れ
 
政府が1月に決定した「量子技術イノベーション戦略」。世界に後れる現状に危機感を示すとともに、異例の反省が盛り込まれた。「政府全体として必ずしも整合性ある取組が行われてこなかった」。次世代の高速計算機、量子コンピューターなどの量子技術は米中が開発にしのぎを削る主戦場だが、日本は戦う体制すら整っていなかった。
 
 
 
全米科学財団によると、民間を含む研究開発費の世界首位は米国で5490億ドル(約60兆円、2017年時点)。中国も4960億ドルに達する。日本は1709億ドルで米中の3分の1だ。もはや資金力の差は埋めようがない。科学技術立国の幻想にとらわれ、あらゆる研究を望み続けたらいずれの成果も取り損ねる。
量子技術の開発は関係省庁のそれぞれの都合で進められ、後手に回った。量子コンピューターも研究初期はNECが先行したが、国をあげて技術を開花させる発想はなかった。その間、米グーグルはカリフォルニア大学のグループの技術に着目。傘下に迎えて19年に最先端のスーパーコンピューターを上回る性能を実証し、世界を驚かせた。
 
司令塔見当たらず
 
米中が技術覇権を争い、かつてない速さで研究開発が進むいま、有望な技術をいち早く見いだせるかは死活問題。日本の将来につながる技術の支援を優先し、旧弊やしがらみを断って実行に移す覚悟が必要だ。
批判もあるが中国はトップダウンで研究を進め、米国にも強い指導力でイノベーションを創出する国防高等研究計画局(DARPA)のような組織がある。
日本には技術を見極める目や投資の決断力を持つ司令塔が見当たらない。日本発のiPS細胞の研究支援も中途半端。基礎から応用までを見渡す米国などに見劣りする。量子技術や人工知能(AI)への投資も不十分になる恐れがある。
最先端のテクノロジーは将来の産業競争力や安全保障を左右する。中国は16年に打ち上げた人工衛星「墨子号」を使った量子暗号の実験などで先行。衛星を使えば、世界規模で通信の機密を守る究極の盾が手に入る。研究を率いてきた潘建偉氏は中国で「量子の父」と呼ばれ、習近平(シー・ジンピン)国家主席も高い期待を寄せるとされる。
量子暗号は量子コンピューターが既存の暗号を破ると危惧される20年先も通信や金融取引の安全を守る。米調査会社クラリベイト・アナリティクスによると14〜18年の量子暗号の研究論文数で中国は世界首位。東芝が最高速の暗号化技術をもつなど日本の研究水準も高いが、このままでは中国の独走を許しかねない。
米国も「量子科学における中国の躍進は軍事的、戦略的バランスに影響を与えうる」(新米国安全保障研究所)と警戒する。日米は19年末に量子技術で協力する声明を発表した。24年までに宇宙飛行士を月に送る計画でも米国は日本に連携を迫る。日本は応じる方針だが、米国との連携にかけるなら、その中で存在感を高める戦略が問われる。

量子計算機 20年で実用化

政府がロードマップ 産学官連携、米中追い上げ
政府は次世代の高速計算機である量子コンピューターなど量子技術の研究開発戦略の柱となるロードマップ(行程表)をまとめた。ものづくりや金融サービスなど多くの分野にイノベーションを起こすとみて産学官が連携して関連技術を開発する。約20年後に幅広い計算に利用できる量子コンピューターを開発する目標などを盛り込んだ。米国や中国が重点投資を始めており、追い上げる態勢を整える。
政府は量子技術を人工知能(AI)、バイオと並ぶ重要分野と位置付け、初の開発戦略を年内に策定する。行程表はその指針となり、27日に開く有識者会議で示す。日本が今後20年程度の間に優先して取り組む具体的な項目や想定している開発時期などを提示する。
スーパーコンピューターをしのぐ能力をもつ量子コンピューターでは計算する基本的な素子(量子ビット)の数が100個の機種を10年後をめどに開発する。「ゲート方式」と呼ぶ汎用型で、米グーグルやIBMがすでに約50量子ビットの装置を試作している。これに匹敵する性能を目指す。さらに量子ビットを増やし39年ごろに応用可能な本格的な量子コンピューターが実現すると予測している。
またセンサーや通信・暗号、材料など関連するテーマも掲げる。幅広い産業に影響をもたらすと見込み、材料開発など強みのある分野に量子技術を生かしていく狙いだ。
米欧や中国も国や企業が戦略的に量子技術へ投資している。米国は「量子情報科学の国家戦略概要」を策定し19年から5年間で最大13億ドル(約1400億円)を投じる。研究や人材育成の拠点を10カ所程度整備する。
中国は量子通信と量子コンピューターを重大プロジェクトと位置付け1兆円規模の資金を投じるとされる研究拠点が20年に完成予定だ。アリババ集団などのIT企業も政府の研究機関と量子コンピューター開発で協力している。欧州連合(EU)は10億ユーロ(約1200億円)規模のプロジェクトを始め、ドイツや英国、オランダなどは独自の投資計画を立てている。
量子技術競争、日本も参戦 NTTがNASAと計算機
NTTは14日、米航空宇宙局(NASA)や米スタンフォード大学などと共同で、光通信技術を応用した新しい方式の量子コンピューターの開発に乗り出すと発表した。量子技術の開発では、日本は基礎研究では先行していたが商用化で後れをとった。グローバルな開発体制を整え、米グーグルや米IBMや中国勢などを猛追する。
研究には、光レーザー技術に強い米カリフォルニア工科大学など米国とオーストラリアの6つの有力大学とNASA、カナダの量子コンピューター関連企業の1Qビットが参加する。
NTTが開発に成功した「量子ニューラルネットワーク(QNN)」というタイプのコンピューターを基盤に、10年後の実用化を目指す。
特殊な光発信器を用いて、1周1キロメートルの輪の中に数千個の光の粒子を流す。この粒子を量子状態に見立てることで、膨大な情報を瞬時に読み取り計算速度を速められる。
グーグルなどの従来のコンピューターは絶対零度に近い極低温で動作させねばならないが、今回のタイプは常温で安定して動く。消費電力を数十分の一にできると期待される。
量子コンピューターは人工知能(AI)と並び、イノベーションを創出する両輪に位置付けられる。暗号解読など安全保障分野への応用も期待され中国は国家をあげて猛追している。
日本は基礎研究では先行し、NTTも1960年代から光技術に関する研究を始めており、基礎研究を含めれば20年近い研究の末に今回の成果を得た。また、NECは約20年前にすでにグーグル方式の原理の実証に成功していたが商用化には後れをとった。
ただ汎用性に優れるグーグル方式も、実用化には20年かかるといわれ、量子コンピューターの登場には時間がかかる。
富士通や日立製作所は「アニーリング」という動作原理が量子コンピューターに似たタイプのコンピューターを商用化した。富士通は東レと創薬開発に利用し始めた。NECも同種のコンピューターを開発して商用化を目指す。つなぎの技術を提供しつつ量子コンピューター開発も並行して進める。
NTTはかつての電電公社と親密だったNECや富士通、OKIなど「電電ファミリー」で開発を進めてきた。
だが今は成長戦略として海外事業強化を第一に掲げ、4月、米国シリコンバレーに海外初の基礎研究拠点であるNTTリサーチを設けた。量子計算や暗号理論など次世代の基礎研究に取り組み、今後5年間で累計250億円を投じる計画だ。
Dウエーブ・システムズはNASAにコンピューターを納入し、その信頼性を世界的に高めた。量子コンピューター開発における世界での存在感を増すためにも、NTTはこれまで国内中心だった研究開発のグローバル化にかじを切り、米中の主導権争いに加わる。
■「本命」にも課題多く
量子コンピューターは量子力学という物理法則を使った次世代の計算機だ。従来のコンピューターが「0」か「1」のどちらかで情報処理するのに対し「0であり、かつ1でもある」という状態(量子ビット)をつくり出し計算に利用する。膨大な情報をまとめて計算でき複雑な問題を短時間で解けると期待される。
複数の方式があり、商用化で先行したのが2011年にカナダのDウエーブ・システムズが実現した「量子アニーリング方式」だ。物流ルートの最適化など、膨大な組み合わせの中から最適な答えを見つける計算で優れた性能を発揮するとされた。
より幅広い計算に使えるのが本命といわれる「量子ゲート方式」だ。人工知能(AI)との組み合わせや材料開発、金融のリスク予測など様々な応用が見込まれている。米国のグーグル、IBM、インテルや中国のアリババ集団などが採用する。
ただゲート方式も本格的な実用化にはまだ20年前後かかるといわれ、大規模化には課題は多い。現状では決定的な優位性を示したとまではいえない。最終的に誰が市場を握るかはまだ流動的だ。

GoogleとIBMの量子競争 日本突き放す知のコラボ

日本経済新聞コメンテーター 村山恵一
最先端のスーパーコンピューターをしのぐ性能を量子コンピューターで実証したと、米グーグルが英ネイチャー誌で発表した。日本の第一人者、東京工業大学の西森秀稔教授が驚き、注目したのは論文の著者リストに並んだ研究メンバー約80人の顔ぶれだった。
米航空宇宙局(NASA)、スパコンで有名な米オークリッジ国立研究所、欧州を代表するユーリヒ総合研究機構……。2014年に研究室ごと引き抜いた米カリフォルニア大学の人材に加え、さまざまな組織の研究者が集まった。グーグル社内に閉じず、広範。量子オールスターズだ。
求心力の源はグーグルの資金力だけではない。個性的な才能を束ねて方向づけるリーダーシップもいる。量子のような大テーマで、スピード感をもって突破口を開くための研究モデルのひな型を示した――。西森氏はそうみる。オープンな体制で多様な人材を生かすところがポイントといえる。
グーグルと競う米IBM。ネイチャー論文に異議を唱え、対抗心を隠さないが、自らの研究所に閉じこもっていない点は同じだ。
量子コンピューターは誰がどんな用途で使うのか。それを理解するのも研究の一部と考え、発展途上の量子コンピューターを公開し、世界で15万人の登録利用者を抱える。プログラム開発者が交流するソーシャルメディア的なしくみがあり、IBMとともに利用法を探るコミュニティーには80近くの企業や大学が参加する。
社内で秘密裏に研究し、世の中に届けられる段階になってはじめて提供するかつてのIBMの流儀から様変わりだ。コンピューター科学や物理、数学、化学、ソフト開発、デザインなど多分野の学生をインターンに誘う。研究者のつながりを外へ外へと伸ばす。
量子コンピューターの実用化には長い時間を要し、暗号破りのリスクも指摘される。一方で気候変動やエネルギー、ヘルスケアの難問を解く潜在力を秘めている。限られた場所と人で研究していては大事な芽を見落としかねない。
日本は大丈夫だろうか。
量子コンピューター研究の歩みを振り返れば、目を引く日本発の成果があったが、ひょっとするとチャンスを逃したかもしれない。
東工大の西森氏らが土台となる理論「量子アニーリング」を提唱したのは1998年。同じころNECは超電導による量子ビットを世界で初めて実現した。先頭を走る専門家同士がそばにいた。
もしもそこに対話が生まれ、知識が交じり合えば、世界をリードできるような研究の進展がみられた可能性があるが、双方が連絡をとり合うことはなかった。
時は流れ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の案件で両者の連携が決まったのは昨年だ。NECもIBMに似たコミュニティーづくりをめざすが、具体化はこれから。海外のダイナミックなうねりと差がある。
研究のあり方が刷新を迫られているのは量子の領域に限らない。人工知能(AI)やアルゴリズムの時代だ。テクノロジーを創出するにも、暴走を防ぎながら駆使するにも、いろいろな発想やアイデア、価値観の融合が欠かせない。
トランジスタや太陽電池、パソコンの原型の開発など技術史に残る結果を出した米国のベル研究所、ゼロックスのパロアルト研究所は多士済々が活気のもとだった。さらにいま、組織の壁を越え、大きなスケールで人と人が化学反応を起こす研究環境をコーディネートできるところが優位に立つ。
日本の研究者は67万人と米国や中国の半分以下。研究費も両国の3分の1ほどだ。問題はそうした資源が無駄なく生かされているかどうか。論文数や特許出願の推移をたどると、日本の存在感はじわじわ縮んでいる。よその国以上に知のコラボレーションが必要なはずが、そうはなっていない。
人材の流動性を高め、大学と企業をまたいで研究者が活躍できるようにと国が整えたクロスアポイントメント制度。だが大学から企業に動いたのは2017年度でわずか7人。聞けば大学と企業の給与体系の違いなどイノベーションとかけ離れた事柄が障害だ。専門性を携えて研究者が産官学をわたり歩く米国とは景色が異なる。
望みがないわけではない。
AIスタートアップのカラクリ(東京・中央)でデータサイエンティストをつとめる吉田雄紀氏。機械学習を研究する東京大学の大学院生、内科の医師でもある。量子コンピューターを使いこなすコンテストで優勝経験があり、能力を縦横に発揮している。
ひとつだけに打ち込めばときに行き詰まるが、「3足のわらじ」なら新たな問題意識が芽生え、知見が高まるという。柔軟な研究スタイルを欲する若者は日本にも少なくない。うまく環境をつくれば組織間の人の流れも太くできる。
VALUENEX(バリューネックス)という情報解析ベンチャーがある。大量の特許文書を分析し、企業がもつ研究の強み、弱みを浮き彫りにするサービスを手がける。大手を中心に日本でも導入する会社が増えている。
自社の研究の実力を知れば、どんな企業と手を組むべきか、スタートアップを買収すべきか見極めやすい。内向き色が濃い伝統的な研究体制から脱するひとつのきっかけになりうる。
グーグルやIBMの動きを遠巻きに眺めているだけでは、日本の研究力が細るばかりだ。