「資本主義」カテゴリーアーカイブ

民主主義 共振するきしみ 逆境の資本主義9

自由・多様性、未来への礎
資本主義のどこに問題があるのか。取材班は国内外の経済学者や企業人など50人ほどに問い続けた。見えてきたのは、ゆりかごにもなってきた民主主義のきしみだ。2020年の今、資本主義の未来に向けた新たな挑戦が始まる。
危うい持続性
「私と妻を含め金持ちはもっと税金を払うべきだ」。マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏は昨年末、自身のブログで訴えた。米政府は労働所得への課税に過度に依存しているとして、株式など資産課税を重くするよう提案した。
競争の勝者とされる米国の大富豪たちが「資本主義の危機」を唱え始めている。共通するのは、富める者に富が集中する今の仕組みを改めないと、持続性が危うくなるという主張だ。
資本主義のどこに問題があるのか。取材班は国内外の経済学者や企業人など50人ほどに問い続けた。
「経済はグローバル化しているのに、政治が反グローバリズムに傾いている」(小林喜光三菱ケミカルホールディングス会長)
「デジタル時代の富の分配が洗練されていない」(アルン・スンドララジャン米ニューヨーク大教授)
仕組みづくり後手
資本主義の逆境の根底を探ると、民主主義のありように行き着く。ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭や巨大IT(情報技術)企業への情報の集中が意思決定をゆがめ、新しい仕組みづくりが後手に回る。
いち早く資本主義を開花させた英国では、個人の人権や自由をうたう「権利の章典」が17世紀末に定められ、産業革命の下地になった。岡崎哲二東大教授は自由や多様性といった「民主主義の価値観が資本主義を育んできた」と語る。
だが資本主義と民主主義は時に緊張をはらむ歴史を歩んできた。資本主義が行き過ぎれば格差を招いて平等が危うくなり、民主主義が揺らげばポピュリズムを招いて市場原理に反した保護主義を生む。私たちが目にしているのは、両者のきしみが共振する世界だ。
逃げ出す香港人
大規模な抗議活動が続く香港。医師の張清林さん(27)はこの春にも英国などへ移住するという。「恐怖のなかで生きるのか、自分の生活を楽しむために努力するかのどちらを選ぶかだ」
香港ではビザに必要な書類申請が急増する
香港警察によると、ビザ取得に必要な「無犯罪証明書」の申請件数は2019年11月に3460件と前年同月から9割増えた。
米高度人材ビザは申請却下の割合が高まっている
米国ではトランプ政権の誕生以降、世界から人材を集める力が弱まっている。国外のIT技術者らを受け入れる「H1Bビザ」の審査が厳しくなり、米シンクタンクのNFAPによると、18年10月から19年6月までに24%が拒否された。香港と米国を起点とする新たな人の流れは、民主主義の価値観が脅かされ、経済の基盤すら危うくなりかねない現実を映し出す。
社会像、AIが可視化
未来への手掛かりはどこにあるのか。大和総研が177の国と地域の経済的な自由度と1人当たり国内総生産(GDP)の関係を調べたところ、労働や貿易、投資などが自由にできるほど人々の豊かさは増す。
経済的自由度と生活水準は正の相関関係
さらに、日立製作所と京都大が開発した人工知能(AI)は、「失業率」や「豊かさ」といった149の要因から2万通りの未来図を描き、50年の持続可能な社会像を導き出した。浮かび上がったのは「利他的行動」や「道徳性」などのキーワード。アダム・スミスの時代に「見えざる手」とされた経済や社会の原動力がAIによって可視化される。
乗り越える課題は山積しているとはいえ、この先も資本主義に代わる選択肢はない。自由で多様性に富んだ資本主義の再生へ。次代に向けた模索の道が続く。

縮む消費 ミニマリスト台頭 逆境の資本主義8

移ろう欲望 どうつかむ
資本主義の原動力である人々の「欲望」の対象が、モノから形のない共感や体験にシフトしている。モノを持たずにシンプルな生活をめざす「ミニマリスト」が若年層を中心に台頭。モノの大量生産・大量消費を前提に成長してきた従来型の資本主義経済を変え、新たな成長を生み出す。
モノを持たない
米国の経済学者、ソースティン・ヴェブレンは1899年の著書「有閑階級の理論」で、資本主義経済における消費の原動力は人々の見えや羨望にあると説いた。工業化が進みモノがあふれるようになると、高級品を見せびらかすための誇示的消費が増えるという。だがいま、若者たちはモノを持たない質素な生活を選び始めている。
「モノや家に縛られずに暮らしたい」。青く透き通る海が広がるフィリピン中部のドゥマゲテ。昨年9月に日本から移り住んだ元出版社勤務で作家、佐々木典士さん(40)の引っ越し荷物は2つのスーツケースと段ボール1つだけ。いまの主なお金の使い道は旅行だ。昨年も母親との南米旅行に約100万円を費やした。
ミレニアルがけん引
米オハイオ州に住むローズ・ラウンズベリーさん(38)の家にはほとんどモノが見当たらない。10歳の三つ子と夫の5人家族。居間にはテーブルとソファのみ。食器棚をのぞいても25枚ほどの皿と7つの鍋しかない。
仕事や育児に加えて家の片付けに追われ、おもちゃや日用品にあふれる生活に嫌気がさした。家にあった半分以上のモノを寄付。「モノから解放されて、自由を手に入れた気分」と話す。
モノの所有欲が乏しい「ミニマリスト」が台頭している。けん引役は1980年ごろから2000年にかけて生まれたミレニアル世代だ。世界で約20億人に上り、総人口の4分の1を占める。
ミニマリスト志向はミレニアル世代に目立つ
コンサルティング大手のデロイトによると、ミレニアル世代の人生の目標は「世界を旅する」が57%と最も高く、「自宅を購入する」(49%)などお金やモノへの欲求を上回った。
崩れる大量消費
資本主義経済の成長を支えた大量生産・大量消費。この図式を崩すのは意識の変化だけではない。デジタル技術の台頭でシェアリングサービスや個人間取引が容易になり、モノを持つ必要性が薄れている。
自動車ではシェアリングカーが1台増えると、乗用車販売が2台減るとされる。20年後には世界の新車販売を2000万台下押しするとの試算がある。個人間取引の影響も大きい。ニッセイ基礎研究所によると、日本の家庭に眠る不用品の総額は37兆円。市場に出回れば、新品需要が鈍りかねない。
世界のGDPに占める製造業の比率は低下
モノづくり産業の存在感も薄れていく。米国では国内総生産(GDP)に占める製造業の比率が、2017年までの20年間で5ポイント下がり11%になった。世界全体でも2ポイント低下した。
音楽ライブに100万円
デジタルを使いこなし、モノの所有欲が乏しいミレニアルが存在感を増すほど消費がしぼみ、成長は停滞するのか。
米ミニマリストの草分け、ジョシュア・ベッカー氏は「ミニマリストであっても欲望の総量は変わらない」と言い切る。モノの所有から、新たな欲望に矛先が変わったのだという。
東京都内の会員制飲食店「シックスカレー」。30代を中心に人気を集め、開店から1年あまりで会員数は1000人に膨らんだ。昨年秋に2号店を開設するなど、運営規模が拡大している。運営会社の高木新平代表は「単にカレーを売るのではなく、人と人とが交ざり合う機会を提供している」と人気の理由を語る。
1日1皿カレーを食べられる会員の平均来店頻度は月2回。月額3980円の会費は割高にもみえるが「カレーを食べに来るというより、人に会いに来ている」。会員で会社員の北岡真明さん(31)は満足げに話す。会員になると店の運営に意見したり、「1日店長」を担ったりできる。会員はカレーを媒介にした交流や体験に価値を見いだしている。
「入場無料の音楽ライブに100万円を払う人もいる」。音楽イベント「全感覚祭」を主催するマヒトゥ・ザ・ピーポーさん(30)は話す。来場者が感動や共感の度合いに応じて払いたい分を募金する。昨年の開催経費2000万円はすべて投げ銭でまかなった。
マヒトゥさんは「この空間にいくら払うか。極端に利便性が追求されているいまだからこそ、自分でちゃんと考えて払い、自分の時間をちゃんと過ごしたいという欲求が高まっている」とみる。
消費者の様々な欲望を探し出し、満たすことで発展してきた資本主義経済。欲望がモノから感情へと移りゆくいま、需要のかたちは捉えにくくなった。需要不足による長期停滞を抜け出すためにも、企業は進化を急がなければならない。

よみがえる 保護主義の亡霊 逆境の資本主義7

グローバル化がもたらす痛みが、「保護主義の亡霊」をよみがえらせようとしている。成長の源となる自由貿易の基盤を固め直せるのか。資本主義が力を取り戻せるかどうかがかかった重い課題だ。
廃れる鉄鋼の街
2016年6月の熱狂をこの街のひとたちは時々思い出す。「政治家が過度のグローバル化を進め、富や雇用が海外に行ってしまった」。大統領選をにらんだトランプ氏が訪れて演説集会でこう述べ、鋼材への関税引き上げを約束した。ここは「ラストベルト(さびた工業地帯)」の一部、米北東部ペンシルベニア州モネッセン。1970年代までは鉄鋼で栄えていた。
18年に関税は引き上げられたのに、「状況は変わらないどころか、悪くなるばかり。店は閉まり、若者は街を出ていく」。地元の図書館員、デニス・フォードさんはあきらめ顔で話す。街に残るのはコークス工場1つだけ。街道沿いには誰も住まなくなった荒れ果てた家が並ぶ。
高関税で米国内の鉄鋼価格は一時的に大きく上昇した。だが、米中摩擦が重荷となり、19年の世界の貿易量は前年比1.2%増と10年ぶりの低い伸びになったと世界貿易機関(WTO)はみる。これが響いて世界の景気は低迷し、鉄鋼需要は急速に冷え込んだ。鉄鋼価格は足元で関税引き上げ前さえ下回り、モネッセンの苦境は深刻になった。
貿易、経済を効率化
経済のグローバル化が進み、敵視されることも増えた自由貿易。だが、国境をまたいだ競争を促し、成長を後押しする資本主義の大きな柱だ。冷戦が終結した90年以降、毎年の世界の貿易量と国内総生産(GDP)の伸びの方向性が一致する割合は約9割に達する。
世界の貿易量と成長率は連動性が高い
世界全体でみれば輸出入は相殺し合い、GDPの計算には影響しない。それでも貿易の伸びと成長に強い関係があるのは、「それぞれの国が得意な産業に特化し、足りないものは輸入すれば経済は効率的になる」からだ。約200年前、英経済学者リカードが説いた「比較優位」論。その重みはいまも変わらない。
とはいえ、自由貿易の恩恵はまんべんなく行き渡るわけではない。追われる側の先進国は痛みを感じ、保護主義に傾斜してしまう。
劇薬のドル管理
「より積極的にドル相場を管理していく」。米大統領選で民主党の候補を狙うエリザベス・ウォーレン上院議員は、「経済的愛国主義のためのプラン」と題した自身の政策を説明する文書でこう宣言した。狙いは輸出と国内製造業の後押し。「管理」とはドル売り介入を意味する。基軸通貨の押し下げは世界を揺るがしかねない劇薬だ。中国との貿易交渉を進める姿勢を見せているトランプ氏も、大統領選で有利になるとみれば「新たな貿易戦争カード」を切る恐れがある。
開かれたシステム、糧に
保護主義の先には不幸な結末しかないと歴史が証明している。1929年の世界恐慌の後、自国産業の保護を狙った関税引き上げが横行。世界的な貿易の減少で恐慌が深刻になり、ついには世界大戦が起こった。
開かれた貿易システムを成長の糧とする動きもとぎれてはいない。米国が離脱しても環太平洋経済連携協定(TPP)は11カ国でスタートし、日欧の経済連携協定(EPA)も発効した。
米国を引き戻し、自由貿易の基盤を固め直せるだろうか。資本主義が力を取り戻すためには、この難しい課題を避けては通れない。

揺らぐ ROE神話 逆境の資本主義6

その利益に大義はあるか
資本主義を生きる多くの企業が信じてきた「ROE(株主資本利益率)神話」が揺らいでいる。地球温暖化や格差拡大などの問題が深刻になり、利益だけを追い求める経営が立ち行かなくなってきたためだ。環境、従業員、地域社会、そして株主――。さまざまな課題・責任のはざまで最適解を探り当てる経営が求められている。
「株主至上」暴走
「目標としていた3億ドル(約330億円)を上回るコスト削減を達成しました」。設備の老朽化から大規模な山火事と大停電を繰り返した米カリフォルニア州の電力・ガス大手、PG&E。それなのに、2017年の年次報告書には誇らしげにこう書いてあった。
コスト削減の効果でROE(株主資本利益率)は17年に一時10%を超えた。だが、地球温暖化で森林地帯の乾燥が進むなか、電線の更新など安全維持に必要な投資を怠ったツケは巨額の損失となって跳ね返った。同社は損害賠償などで300億ドル超の債務を抱える可能性があるとして経営破綻し、再建途上にある。
「ROE神話」の暴走が根底にある。「株主のための利益追求」が資本主義における企業の責務だと米経済学者ミルトン・フリードマンは1962年の著書「資本主義と自由」で主張した。この考えが米国などで広がり、株主のためにいかに稼いだかを示すROEが重視されるようになった。
「公益重視」3000社超
ROEを高めるには研究開発や設備投資によって利益を増やしていくのが王道。だが、経営者はROEが下がれば株主からの退任圧力にさらされかねない。資金を自社株買いに回し、資本を減らしてROEを力ずくで押し上げるという危うい選択に走りがちだ。そうなれば、将来の成長や安全、環境保護への投資は後回しになり、従業員への還元もおろそかになる。
「ひずんだ株主至上主義」の修正はすでに始まっている。米経営者団体、ビジネス・ラウンドテーブルは株主第一経営を修正すると宣言した。環境や従業員、地域社会など公益の重視を打ち出す「Bコープ」という新しい企業も台頭している。「株主最優先の経営ではない」とまで示すことを条件に、米非営利団体のBラボが認定する。ブランド力などで有利になるといい、アウトドア用品の米パタゴニアや仏食品大手ダノンの北米法人など3000社を超えた。
気候変動 コスト1兆ドル
ただ、環境などを含めた新たな社会的責任は重く、個々の企業にまかせきりにするのはこころもとない。競争上不利になるほど大胆な策は打てないし、将来のリスクをどう判定すればいいかも定まらない。ひとつの解は会計基準を進化させることかもしれない。
経済成長とともにCO2の排出増が止まらない
環境評価NPO、CDPの調査によると、世界の大手企業が気候変動に絡んで想定するコストは約1兆ドルにのぼる。こうした会計上は「見えない負担」が膨らんでいることに対応し、独化学大手BASFなど10社は環境や社会に与える影響を示す新たな会計基準を3年かけて作り出す方針だ。
会計ルールから進化
これが成功すれば経営者は将来に向けて必要な投資を判断でき、投資家の納得も得やすくなる。会計という企業のルールが変わるなら、競争の土俵も社会責任を織り込んだ新しい形に進化していくだろう。
利益を稼ぐのが企業の使命だ。そこが揺らげば環境保護への投資や従業員への還元といった社会的責任も果たせなくなる。問われるのは利益がそうした「大義」にかなっているかどうか。ROEを超え、新たな公式を探す時がきている。

デジタル化が 生む「新独占」 逆境の資本主義5

革新呼ぶ刺激、競争でこそ
デジタルの世紀の資本主義が新たな独占に直面している。「GAFA」だけではない。多くの産業で競争が緩み、モノづくりでもデータや知的財産が集まる一握りの企業が高い壁を築く。斬新なイノベーションを生み出し、成長を取り戻す原動力は競争にこそ宿る。
弱まる競争
「34社に分割せよ」。1911年、米最高裁が解体命令を下したのは大富豪ロックフェラー氏らが興したスタンダード・オイル社だ。9割のシェアで石油価格を支配していた同社は、独占禁止法の洗礼を最初に浴びた巨大企業だった。
富を生む新たな資源は大きな利益をあげて急成長する産業を生む。その支配者が値上げで消費者に不利益を与えぬように市場の番人が目を光らせる。競争を促す資本主義のしくみは今、デジタル化で再来した「新独占」の試練に直面する。
牛耳るGAFA
検索エンジンといったネットサービスを牛耳るグーグルやアップルなどの巨大IT(情報技術)4社「GAFA」。マイクロソフトを加えた5社の純利益は直近で約1600億ドル(約17兆円)と、10年で6倍に膨らんだ。米国に本社がある上場企業の12%を占める収益力で、将来の脅威になる新興企業も買収でのみ込んでいる。
米5社の純利益シェアは上昇傾向
強まる大企業支配
新たな独占はGAFAに限らない。様々な産業で寡占化が進み、競争が弱まっている。市場の寡占度合いを示し、当局が企業合併の審査に使う「ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)」が世界ベースで上昇中だ。1990年代はほぼ一貫して低下したが、2008年を底に反転した。
世界の市場集中度は上昇の兆し
QUICK・ファクトセットのデータを集計すると、日米欧では3分の2の業種で売上高上位5社のシェアが10年前より高まった。低成長を乗り切るための再編などで同期間の世界のM&A(合併・買収)は累計50万件を超えた。この30年の間に大企業の売上高は米国で7倍、欧州で5倍に膨らんだ。いずれも名目ベースの国内(域内)総生産(GDP)の伸びを大きく上回る。
富の源泉は
データ・知財へ
その背後には何があるのか。自由主義経済圏の広がりとITの進化がグローバルな事業展開を後押しした。富を生む源泉はデータや知財にシフト。モノづくりでもハードよりソフトウエアが性能の決め手となり、一握りの「持てる者」がより強くなる世界が訪れた。
例えば商用ドローン(小型無人機)世界最大手のDJI。成長分野の農業用は、種や農薬を効率よく散布するように飛ぶためのソフトの進化が強みだ。改良の糧は中国内で圧倒的多数を占める4万台超の飛行データ。ライバルが手に入れたくても入手できない情報の厚みで、さらに優位な地位を築く。
データはどんどん生み出されていく
データはまだまだ増える。米IDCの予測では25年に175ゼタ(ゼタはテラの10億倍)バイトと19年の4倍以上になる。インターネットに接続する人口は世界で25年に60億人と5億人増える。あらゆるモノがネットにつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)の普及も進む。
目詰まり起こす循環
近代経済学の父、アダム・スミスは、「国富論」のなかで「生産者は競争が激しくなると新たな技術を取り入れる」と指摘した。斬新なテクノロジーやアイデアは新たな市場を創る。資本主義の理想的な循環だが、刺激役の競争の緩みで目詰まりを起こしかねない。
問題は、新たな独占には消費者の利益をモノサシにした従来の対処策が当てはまらないことだ。ネットサービスの多くは無料。モノの肝になるソフトは瞬時に複製できるため、製造コストを抑えて販売価格を下げられる可能性も秘める。
消費者にはむしろメリットが大きいようにさえ映るが、一橋大の岡田羊祐教授は「データや知財が特定企業に集中し過ぎると、多様なイノベーションが生まれず挑戦者の登場を阻む」と警鐘を鳴らす。
発展の原動力再起動を
競争が緩いほど成長率は低い傾向
世界122カ国・地域の1人あたりGDP(18年)伸び率は、寡占度合いが高いほど低い傾向が鮮明だ。デジタル時代の資本主義をどう再構築するか。成長の原動力となる競争を促すことが、その一歩となる。

自由より国家 走る中国 逆境の資本主義4

民主主義の未来守れるか
異形の資本主義国家、中国が産業競争力の強化へ走り続ける。データを駆使する21世紀型の産業競争では、国家主導の経済が優位性を持ちうる。自由を前提とする資本主義の真価が問われている。
力ずくの革新
「中国の飢えた虎」。国有半導体大手、紫光集団の趙偉国董事長はこんな異名をとる。2019年8月、その趙氏が内陸部の重慶市政府とDRAM工場を建設する契約を結んだ。「重慶は半導体メモリー工場を中核とした生産基地を整備するのにふさわしい」。DRAM工場建設には1兆円規模の資金が必要になるが、紫光と重慶市の契約には共同で投資ファンドを設けることも盛り込まれた。
世界3強に投資額匹敵
紫光は習近平(シー・ジンピン)国家主席の母校である清華大学が設立母体。重慶市は習氏の側近とされる陳敏爾氏がトップを務める。産業補助金の後押しも受け、紫光が10年間で計画する設備投資は11兆円。その規模は米インテルなど世界の3強に匹敵する。
中国勢の半導体技術は米韓企業に見劣りするとはいえ、「適者生存」の市場原理から離れた国家主導の産業投資は世界の競争環境をゆがめる。鉄鋼や液晶などで繰り返された力ずくのイノベーションが戦略部品である半導体に押し寄せる。
「経済発展には個人の自由が不可欠と言われてきたが、中国は必ずしもそうでないことを証明している」。クリントン米政権で国防次官補を務めたハーバード大のグレアム・アリソン教授は中国の国家資本主義が新しい産業競争で優位性を持ちうると警告する。
人工知能(AI)などがあらゆる産業の基盤となる21世紀には、いかにして多くのデータを集めるかが雌雄を決する。個人のプライバシーよりも国家の利益を優先する中国は間違いなく優位な立場にある。
「見える手」行方は
電子商取引のアリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は、ビッグデータとAIを組み合わせれば、国が資源配分を差配する計画経済が機能すると言い切る。アダム・スミスが成長の源泉とした「見えざる手」と対極をなす中国式の「見える手」経済は成功を収めるのだろうか。
アリババやネットサービスの騰訊控股(テンセント)などの世界的なテック企業は民間の競争から生まれた。だが習体制になってからの中国は民の領域を国家が次々と手中に収める。
定款で共産党への忠誠を誓う動きが上場企業に浸透し、ハイテク産業育成策「中国製造2025」などで国家主導の産業競争力強化に突き進む。主要国初の中央銀行による「デジタル人民元」も国家が決済や送金の情報を集める基盤になる。
ダイナミズム失うリスク
ただ国家による統制は経済のダイナミズムの芽を摘み、成長をむしばむリスクと背中合わせだ。
経済協力開発機構(OECD)によると、データの越境移転の制限やデジタルサービスへの外資系の参入規制の度合いは、ロシアやインドと比べても中国が格段に高い。日本経済研究センターは中国の実質成長率が2060年に0.3%程度に落ち込むシナリオを描く。海外から直接投資が入りにくくなり、データなど無形資産も推進力を失う。
中国はデータ越境などの規制が厳しい
米中の21世紀の覇権争いは激しさを増すばかりだ。中国がもしこの争いを制すれば、民主主義すら揺らぎかねない。自由競争を前提とする資本主義の真価がいま問われている。

マネー逆流 失われる規律 逆境の資本主義3

株式、再び大衆の手に
資本主義の主要パーツ、株式市場が変質している。デジタル化が進むなかで企業の投資が鈍り、余った資本を株主に返還する。あふれるマネーは限られた投資家しか参加できない未公開分野に流入。株主の監視機能が働きにくく、一部の投資家しか成長の果実を受け取れない。株式所有の裾野を広げて多様な価値観を取り込むことが、市場機能回復の一歩となる。
宇宙船より自社株
1602年、約650万ギルダーを集めて発足したのが世界初の株式会社、オランダ東インド会社だ。この会社の株式を売買する市場として、同じ年にアムステルダム証券取引所が生まれた。近代株式市場の始まりだ。
ロッキードは積極的な自社株買いが株価を押し上げてきた
企業が多数の投資家から資金を集めて事業を担い、利益の一部を配分する――。資本主義の根幹を担う株式市場の基本機能が揺らいでいる。米防衛大手のロッキード・マーチン。2019年秋に有人宇宙船「オリオン」の生産を米航空宇宙局(NASA)から受注した。トランプ米大統領がぶち上げた、宇宙飛行士を月に送るプロジェクトだ。
マネーの循環が変質
だが同社にとって最大の資金の使い道は宇宙船開発ではない。自社株買いだ。過去10年で計200億ドル(約2.2兆円)の自社株買いを実施。発行済み株式数は3割減った。
世界の上場企業は増資を上回る自社株買いを実施
経済のデジタル化や低金利を背景に、株式市場は企業がお金を集めて成長をめざす場から、投資家への還元を競う場へと変わった。世界の上場企業は18年度まで8年連続で増資額を超える自社株を買った。
弱まる経営監視機能
成熟企業が手元資金の活用に苦慮するなか、成長の果実を狙うマネーは上場市場の外側に向かう。米国では18年の株式未上場企業の調達額が、上場企業の約2倍の2.9兆ドルになった。
米国では企業自身が株式の最大の買い手に
ただ、未上場企業への巨額のマネー流入には危うさが漂う。多様な株主による監視機能が働きにくいためだ。象徴が米シェアオフィス大手のウィーカンパニー。創業者の公私混同に歯止めをかけられなかった。
「個人投資家が未上場企業に投資できないのは不公平だ」。19年9月、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長は訴えた。有望な未上場企業にファンドなどが巨額を投じ、上場は彼らの利益確定の場となっている。「旬」を過ぎた上場後には値上がりが限られ、個人投資家は利益を得にくい構造になった。
上場市場をみても、高度なIT設備を備えたプロ集団が超高速で大量の株売買を繰り返す。個人投資家は脇に追いやられがちだ。日本では1949年度に69%だった株保有に占める個人比率が、いまは2割強だ。
成長の果実広く
個人は労働者としてもかつてのような分け前を得られない。世界経済が生む付加価値のうち、労働者の取り分を示す労働分配率は過去60年で9ポイント下がった。富の偏りをどう正すべきか。
「労働分配率」は長期的に低下
ヒントが中国・北京近郊の農村にあった。タイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループが運営する鶏卵生産工場は東京ドーム11個分の敷地を抱える。だが工場は「完全自動制御」で雇用をほとんど生まない。CPはその代わりに土地を提供した近隣農家約5000人を「株主」とみなして配当を出す。利益を地域に広く配分する仕組みだ。
ニューヨーク大学経営大学院のアルン・スンドララジャン教授は「大勢の人々が株式を保有すれば資本の集中を防げる」と話す。
個人株主づくりに活路
「海外投資家はもうこりごりという気分になった」。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンはいう。欧米流の先進的な企業統治の取り組みが評価され、オリックスの外国人株主比率は一時67%に達した。だが海外投資家の多くが、08年のリーマン・ショックを機にリスク回避の売りに回った。株価は高値から一時9割超下げ、市場では経営危機の噂も流れたほどだ。
その後、同社が進めたのが地道な個人株主づくりだ。個人向け経営説明会や株主優待の拡充で10年前に3%だった個人株主比率は12%に高まった。「企業理念を分かってくれる多様な株主に長期に持ってもらえれば、企業統治はうまく機能する」(宮内氏)
米シリコンバレーでは、米著名起業家のエリック・リース氏が企業や投資家の短期志向を排した新たな証券取引所の設立に奔走する。米当局から認可を得た新たな取引所の名前は「ロングターム証券取引所」。上場する企業には長期業績に連動した報酬制度の導入や長期投資家との対話を義務づける。「投資家が安心して長期志向の経営を進める企業に投資できる市場にしたい」。リース氏はこう意気込む。
50年あまり前、パナソニック創業者の松下幸之助は論文で「株式の大衆化を進めよう」と説いた。人々が株を持てば配当などの収入を得られる。株の大衆化こそが、富を社会に行き渡らせるひとつの解になる。

働き方縛る モノ作りの残像 労働の「賞味期限」長く 逆境の資本主義2

働く時間や肉体から「知」が生み出すアイデアへ。デジタル化で労働の価値は大きく転換した。モノ作り時代の残像がゆがみをもたらしている。
労働、二極化へ
「100年後には1日に3時間も働けば生活に必要なものは得ることができるようになるだろう」。20世紀を代表する経済学者、ケインズが『孫たちの経済的可能性』と題したエッセーでこんな予想をしたのは、世界恐慌の混乱が広がるさなかの1930年だった。
19世紀に比べ労働時間は6〜7割に
8億人の仕事消失
ケインズは2030年までに経済問題が解決し、自由な時間をどう使うかが人類の大きな課題になると述べた。英オックスフォード大学の推計では、米英独のフルタイム就労者の労働時間は1870年で週56.9〜67.6時間。予想ほどではないにしろ、2018年には6〜7割に減った。
ケインズが描いた30年のユートピア(理想郷)と対照的な未来予想図を米コンサルティング大手、マッキンゼー・アンド・カンパニーは唱える。人工知能(AI)やロボットによる代替が進み、世界の労働者の3割にあたる最大8億人の仕事が失われるという。
日本の雇用、時代遅れ
働かなくてもよくなるのか、働けなくなるのか。その捉え方は違えど、労働の未来は大きく二極化する。
現在の雇用形態の源流をたどると、フランス革命と産業革命に行き着く。労働者は身分に縛られず、契約で労働力を売り、工場内で分業するようになった。神戸大学の大内伸哉教授は「『時間主権』を企業にささげる働き方が雇用だった」と話す。
時間に比例して生産高や賃金が決まったモノ作り時代の残像がゆがみを生む。若さや肉体に価値を置いたまま多くの国は高齢化時代を迎え、次々と「引退」する世代を年金で支え続けることは難しくなっている。日本ではいまだ主流の定年制はもはや時代遅れだ。
高まる知の価値
「知」が価値を持つ今は、年齢や肉体の衰えとは関係なく優れたアイデアを出す人が果実を得る。新しい地平の働き手を支えるデジタル化が、資本主義を成り立たせてきた資本家と労働者の境界を消し始めた。
都内のセキュリティー企業に勤務する馬場将次さん(31)には、その腕を見込んだ海外企業からも仕事の依頼が舞い込む。昼休みや勤務終了後に取り組むのが、ソフトウエアやウェブサイトの脆弱性(バグ)を見つけて企業に報告する「バグハント」だ。2時間の作業で200万円になることもある。企業の依頼を掲示する国内サイトのランキングでトップを走る。
雇用というくくりを完全に飛び越えた自由な働き方をする人もいる。名刺管理のSansanなど10社近い企業と業務委託契約を結びながら働く日比谷尚武さん(43)だ。人や情報を必要とする人につなぐ「コネクタ」という肩書などで、広報支援や講演活動を手掛けつつ、報酬が発生しない社団法人での活動などにも取り組む。「1日に7〜8件の案件があるのは普通」と話し、夜にはロックバーまで共同運営する。
スキル、陳腐化早く
米国では組織に属さないフリーランスが27年にも就労者の過半を占めるという予測もある。工場労働者の権利保護のために1919年に創設された国際労働機関(ILO)も変革を迫られる。5〜6月の総会では新たな働き手の生涯教育の仕組みづくりが議題になる。
フリーランスが米労働者の過半になるとの予測も
ただ自由な働き方を喜んでばかりもいられない。労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎所長は「デジタル時代はスキルの陳腐化が格段に早まり、労働者の安定性が揺らぐ」と語る。
技術が誕生するたびに一部の労働者は職を奪われたが、それを上回る需要が雇用を生んだ。時間や肉体ではなく知で勝負する時代には、働き手の「賞味期限」はのびる。新しい時代に合った制度や人材教育にどうかじを切るか。新しい競争が始まった。

さびつく成長の公式 ;逆境の資本主義1 競争・革新、新たな挑戦

資本主義の常識がほころびてきた。資本を集め、人を雇い、経済が拡大すれば社会全体が豊かになる――。そんな「成長の公式」が経済のデジタル化やグローバル化で変質し、格差拡大や環境破壊などの問題が噴き出す。この逆境の向こうに、どんな未来を描けばいいのだろう。
富の源泉シフト
「見えざる手」。近代経済学の父、アダム・スミスは「国富論」でこんな比喩を使い、企業や個々人の利益追求が結果的に社会全体を豊かにするとして自由競争の効用を説いた。だが、何かがおかしい。
車上生活する労働者
IT(情報技術)産業が急成長する米カリフォルニア州、シリコンバレー。50歳男性、マーク・ボナーさんは家を失い、約2000ドル(約22万円)で買った中古キャンピングカーで暮らすようになった。米グーグルのオフィスそばの通りには約500メートルにわたって似たような車が何十台も並んでいた。高収入のIT人材が大量に流入した結果、住宅費や生活費が高騰し、工場や飲食店などで働くひとたちが車上生活を余儀なくされている。
サンノゼなどシリコンバレーを中核とする都市圏では家計所得20万ドル以上の世帯の比率が2018年に3割弱と、過去5年で10ポイント強高まった。一方、米国の支援団体によるとシリコンバレーを含むカリフォルニア州のホームレスは18年までの5年で10%増えた。
時給15ドル運動
「民主主義って何だ?これが民主主義の姿だ!」――。米中西部ミシガン州デトロイト。19年11月、寒空の下にシュプレヒコールを叫ぶ声が響いた。全米で最低賃金15ドルを保証する法令の制定を目指す団体「15ドルへの戦い(Fight for $15)」のメンバーだ。この日は地元のハンバーガーチェーン「マクドナルド」の従業員らのストライキに呼応して集まり、待遇改善を訴えた。
自由競争の勝者が富を生み、それが社会全体に広がる。そんな資本主義の常識が通じなくなっているようだ。
デジタル優位に
産業革命以降、モノの大量生産が経済成長をけん引してきた。製造業が工場に多くの労働者を抱えて豊かな中間層を生み出し、消費や経済成長を支えた。だが、経済のデジタル化で富の源泉は知識や情報、データに移った。米アップルなど世界の大手10社のデジタル事業の市場の評価額は約6兆ドルと、すべての日本企業の有形固定資産(約5兆ドル、金融除く)を2割上回る。
脱「株主第一」
資本主義経済で成長のけん引役を担う企業。その「あるべき姿」も修正を迫られている。米主要企業の経営者団体は19年、約四半世紀にわたって掲げてきた「株主第一主義」の旗を降ろし、従業員や地域社会にも配慮した経営に取り組むと宣言した。「企業は株主のために利益を稼いでいればいい」としてきた米国型の資本主義は転換点にさしかかっている。
変わる「いい会社」
温暖化ガスの排出量より吸収量が大きい――。「クライメート・ポジティブ」と呼ぶ状態を30年までに実現すると家具世界最大手、スウェーデンのイケアが宣言した。抑制やゼロではなく、「温暖化ガス純減」にまで踏み込む常識外れの経営体制だ。
2億ユーロ(約240億円)を投じて再生可能エネルギーに切り替え、植林にも力を入れる。イケアが決断した「環境のため」の大型投資。気候変動が問題になるなか、「いい会社」の評価軸が変わってきたことを示す。
禁じ手の貿易戦争
資本主義にとって大きな「異物」となっているのが中国だ。異形の統制型経済は強制的な技術移転や巨額の産業補助金で、自由経済の競争ルールに真っ向から対立する。それなのに、そのダイナミズムは恐ろしいほど。18年の起業数は670万社と4.7秒ごとに新しい会社を生み出した。同年の名目国内総生産(GDP)は約13.4兆ドルと80年当時の44倍に拡大。米GDPの65%の水準に迫った。
統制型の経済は長期的には効率悪化が避けられないはず。だが、追われる側の焦りは強く、米国は貿易戦争という禁じ手に出た。保護主義が最終的には世界大戦を招いた1930年代の教訓はかすむ。
危機のたびに「復活」
歴史を振り返れば、資本主義は何度も危機にさらされてきた。産業革命期には労働環境の悪化などから資本主義への批判が強まり、1848年にはマルクスが「共産党宣言」を発表している。第2次世界大戦後にも欧米で企業の国有化や規制強化が広がり、自由競争が後退する時期があった。
だが、資本主義は「そのたびに復活した」(英歴史学者ニーアル・ファーガソン氏)。イノベーションを促し、経済成長を続けていくには市場を通じた自由競争しか解がないからだ。実際、資本主義が東側諸国や新興国に広がった90年代以降、世界の貧困率は大きく低下した。いまや70億人超を覆う資本主義。世界を巡って新たな試練や矛盾を乗り越えようとする動きを探る。

「貨幣が基礎、倫理と公共性必要」岩井克人氏 逆境の資本主義

所得格差の拡大など、資本主義のもとで生まれている問題に批判の声が高まっている。この危機にどう向き合うべきか。理論研究の第一人者である国際基督教大学の岩井克人特別招聘教授は、自由放任で株主主権的な資本主義は理論的に誤りで、公共性と倫理の必要性を確認しなければならないと強調する。
岩井克人氏(いわい・かつひと) 1969年東京大学経済学部卒。72年米マサチューセッツ工科大学経済学博士。東大教授などを経て、17年4月から現職。日本学士院会員、東大名誉教授、東京財団政策研究所名誉研究員。07年紫綬褒章、16年文化功労者。不均衡動学、貨幣論、資本主義論、法人論などで知られる。
「『米英型資本主義』の理論誤り」
――資本主義の現状をどう見ていますか。
「大きな危機にあることは確かだ。1989年のベルリンの壁崩壊や91年のソ連崩壊で社会主義は全面的にではないものの没落し、資本主義一本やりになった。そこで米英型の自由放任で株主主権的な資本主義と、様々な形の規制をもちステークホルダーの利害を調整する日独型といった選択肢があった」
「当時日本はバブル崩壊に直面し、ドイツも病人と呼ばれるほどの経済状況だった。90年代は米国が未曽有の経済成長を遂げ、欧州では英国が一人勝ち状態だった。その勢いで世界は米英型資本主義に収れんするという考え方が学界やビジネス界、政界を支配した。結果、世界は金融の不安定化や所得格差の拡大、環境破壊という問題を抱えるようになった」
――米英型の資本主義だとなぜ問題が生まれるのですか。
「問題の根源は理論を間違えていることだ。資本主義は貨幣を基礎としている。モノを売ってお金を得るのは、貨幣側から考えるとモノを人に渡してお金を買っている。お金自体は紙切れや金属のかけら、電子情報などで何の役にも立たない。貨幣は純粋な投機であり、投機はバブルの生成と崩壊を起こしうる。完全に自由放任にすると必然的に不安定になる。制御する公共機関や規制がなければうまくいかない」
「所得格差は特に米英で広がっている。最大の要因は経営者が高額報酬を得ていることだ。株主利益を最大化するために、経営者も株主にすればよいということになった。経営者は会社に忠実義務を負うはずなのに、自己利益を追求する機会を与えてしまった。米国で株主至上主義に歯止めがかかり始めたのはいい傾向だが、まだ不十分だ。資本主義には倫理と公共性が必要であると確認しなければならない」
「民主主義も危機に直面している」
――民主主義も揺らいでいると言われます。
「資本主義は1人1票の民主主義に常にチェックされる。社会が硬直しないように自由の余地を残し、資本主義と民主主義がバランスすると、自由民主主義がうまくいく」
「大統領制の米国の民主主義はポピュリズムに陥る傾向がある。米国には政治資金の問題もある。法人にも献金を許すシステムを作り、本来1人1票であるべき政治に資本主義の論理を持ち込んだことが米国の民主主義を大いにゆがめた」
「中国は社会主義的要素が残ったまま資本主義をうまく取り込んだ。米国で資本主義と民主主義がともに崩れ始める一方、中国の国家資本主義は急成長している。発展途上国は中国型の民主主義をモデルにし始めている。こうした動きは資本主義の問題よりさらに大きな危機だ」
■記者はこう見る「常に可能性探る」
 岡村麻由氏
 記者(24)が生まれたのは1995年。既にバブルは崩壊し、ベルリンの壁やソ連もなかった。日本の「失われた20年」と呼ばれる時代に育ち、米国の圧倒的な経済力のもと「自由放任で株主主権的な資本主義」が台頭することに違和感は抱かなかったように思う。
08年のリーマン・ショックは金融資本主義の暴走、行き過ぎた自由放任の結果といわれる。危機は世界に波及し、父が銀行員だった記者の家庭もあおりを受けた。振り返れば資本主義のひずみを初めて肌で感じた時期だったかもしれない。
 近年、トランプ米政権の誕生や英国の欧州連合(EU)離脱など大方の予想に反する事態が起こるようになった。現状に「ノー」を突きつける大きなうねりを感じている。新しい選択が打開策なのか、現状を否定しているだけなのかは注視する必要がある。
 インタビューの終盤、岩井克人氏に「私たちが資本主義の多様性を取り戻せる可能性はあるのか」と問いかけると「取り戻さなくちゃならないと思っている」という答えが返ってきた。一記者として、常に様々な可能性を探れるように多様な視点を伝え続けたい。