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シビックハッカーが覆す官製の常識 行政は市民とつくる

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新型コロナウイルス禍を契機に行政のデジタル化が日本の課題に急浮上した。だが、従来の「役所とシステム会社」の組み合わせだけで「ニッポンのデジタルトランスフォーメーション(DX)」という大事業に挑めるのか。行政と市民をつなぐ「シビックテック」や革新的な「ガブテック」がもたらす新たな潮流と働き方を追う。

10月末、兵庫県加古川市がフェイスブック上でこう告知した。「全国初!オンライン上で政策の議論ができるシステムをスタート!」

加古川市のフェイスブック。告知を受けて高校生など多くの若者も議論に参加しているという

加古川市のフェイスブック。告知を受けて高校生など多くの若者も議論に参加しているという

加古川市は「スマートシティ構想」を掲げている。その新たな街づくりを行政が一方的に決めるのではなく、市民とともに進めていくため、疑似議会ともいえる「市民参加型合意形成プラットフォーム」を立ち上げた。

市民参加の試みもユニークだが、地方自治体の取り組みとして異色なのは議論のシステムとしてスペイン・バルセロナ生まれの「デシディム」を活用した点にある。コードが無料で公開されたオープンソースのプラットフォームで、欧州を中心に利用が増えている。

日本の役所のシステム開発の定石は、きっちりとした仕様書に従って大手会社が専用のシステムを構築するやり方だ。オープンソースのシステムを柔軟に活用する事例はまだ珍しい。

■行政と市民をつなぐテックの力

なぜ加古川市は新しい手法にチャレンジできたのか。背景には「シビックテック」と呼ばれる活動を展開する一般社団法人「コード・フォー・ジャパン」の存在がある。

コード・フォー・ジャパン代表理事の関さん。中学時代からの筋金入りのプログラマーだ

コード・フォー・ジャパン代表理事の関さん。中学時代からの筋金入りのプログラマーだ

「行政や地域の問題に接したとき、多くの人は『それは政府や自治体が解決すべき問題だ』と考える。一方、そうした問題を市民が自分たちの手でテクノロジーを使って解決しようとする。それがシビックテックです」。2013年に同団体を立ち上げた関治之代表理事(45)は語る。

コード・フォー・ジャパンはシビックハッカー(市民技術者)と呼ばれるボランティアのエンジニアたちの力を結集し、多くの市民と議論しながらITで地域の課題を解決したり、便利な行政サービスを実現したりする。時には、加古川市のように自治体から委託を受けてシビックテックの活用を支援する。

■コロナ禍の「奇跡」

シビックテックの力が大きく注目される契機となったのが新型コロナウイルス禍だ。

たとえば東京都が3月上旬にコード・フォー・ジャパンと立ち上げた新型コロナ対策サイト。役所なら通常は「3カ月はかかる」というサイトをわずか数日で立ち上げ、「遅い」「ダサい」「使えない」といった官製サイトの常識を覆し、使い勝手のよいインターフェースをつくりあげた。

オープンソース上につくられた東京都のコロナ対策サイトは多くのシビックハッカーの手で改善されてきた

オープンソース上につくられた東京都のコロナ対策サイトは多くのシビックハッカーの手で改善されてきた

さらにサイトはオープンソースのプラットフォーム「GitHub」上に公開されており、公開後も多くのシビックハッカーの手でブラッシュアップを続けた。公開されたコードを使い、大阪や神奈川など複数の自治体が同様のサイトを迅速に立ち上げる動きも続いた。

日本の行政ではこれまでなかったオープンでスピーディーな動き――。ネット上では「奇跡だ」と称賛の声が広がった。

なぜ今シビックテックが必要とされるのか。

「かつては行政や官僚組織など大きな組織が意思決定し、社会課題に対応してきた。だが、社会が複雑性を増し、従来の統治機構は限界を迎えている」と関さんは指摘する。

コロナ禍が行政に突きつけた課題も類似した問題をはらむ。医療現場の逼迫やマスク不足など不測の事態が次々と広がるなか、中央による情報収集は遅れが目立った。「アベノマスク」をはじめとするトップダウンの政策も国民のニーズをくみ取っていなかった。

「市民の多様な声に対応するためにも、市民とつながり、市民と協力しながら社会のあるべき姿をさぐる。そんなやり方が求められる時代になった」。とはいえ、かつては市民一人ひとりが行政に参画するようなやり方は物理的に難しかった。「今ならテックの力でそれが可能になる」と関さんは強調する。

東日本大震災からの復興に向け、福島県・浪江町の住民の人々とシビックハッカーらがともに町のコミュニティー復活のための課題と方法を話し合った。シビックテックの象徴的な活動といえる

東日本大震災からの復興に向け、福島県・浪江町の住民の人々とシビックハッカーらがともに町のコミュニティー復活のための課題と方法を話し合った。シビックテックの象徴的な活動といえる

関さんは中学時代からの筋金入りのプログラマーだ。ただ、音楽の道を志して大学を中退した。それでも資金確保のために続けていたプログラミングの仕事が増え、いつしか本業に逆転した。

■震災でみえたオープンソースの力

「ITを使った地域の問題解決」に本格的に関わり始めたのは09年に起業した「ジオリパブリック・ジャパン」から。得意としていた位置情報技術の活用を考えるうちに地方の問題に目が向いた。

地方では少子高齢化や財政難などで行政サービスに課題があっても対応しきれていないことが多い。だが、ITを使えば解決できることもある。

たとえば「オンデマンドバスの運行経路の自動計算システム」。地方に多いオンデマンドバスは通常は予約があれば役所の職員が経路を考え運転手に指示を出す。数が多いと煩雑な作業となる。そこで地図情報から自動で最適経路を計算できるシステムを開発した。

転機は東日本大震災だった。すべてが混乱し、避難所がどこに立ち上がり、どこにどんな支援の手が届いているのかわからない。「自分もなにかできないか」と震災情報サイトの「sinsai.info」を立ち上げた。

東日本大震災時にはシビックハッカーたちも支援に動いた。手にした紙には「Hack for いわて」のスローガンが

東日本大震災時にはシビックハッカーたちも支援に動いた。手にした紙には「Hack for いわて」のスローガンが

この活動を通じて、いくつかの気づきがあった。1つはオープンソースの力を改めて実感したことだ。プロジェクトには業界で名前の知られたプログラマーなど様々な人がボランティアで集い自治体も企業も作り出せないパワーを生み出した。

2つめは「オープンデータ」の重要性だ。自治体に情報があっても自由に利用できる状態になっていないことが多く、生み出せるはずの利便性や価値が生み出せない。

3つめが「ボランティアの限界」だ。せっかく生まれた機運も、自治体や地域を巻き込んで継続的に活動できる体制がなければ社会を変える力とはなり得ない。

■運命の一言「Why not?」

そう考えていたときネット上で知ったのが「コード・フォー・アメリカ」という米国の団体だった。彼らは「ブリゲード」と呼ばれるシビックテックの組織を各地で運営し、自治体への人材派遣などで収入も得ていた。

キャサリン・ブレイシーさん(中央)の一言がコード・フォー・ジャパン設立へ関さん(左)の背中を推した(2013年、ニューヨークで開かれたコード・フォー・アメリカのカンファレンスにて)

キャサリン・ブレイシーさん(中央)の一言がコード・フォー・ジャパン設立へ関さん(左)の背中を推した(2013年、ニューヨークで開かれたコード・フォー・アメリカのカンファレンスにて)

関さんはコード・フォー・アメリカのカンファレンスに参加するためニューヨークに飛んだ。そこで出会ったのが幹部のキャサリン・ブレイシーさんだ。「コード・フォー・ジャパンをやりたいと考えている」。こう話しかけた関さんに彼女は笑顔で答えた。「Why not?(ぜひやったら?)」。それが運命を動かす一言となった。

テックで社会をよくする――。同じ志を持つ仲間を集め、2013年10月にコード・フォー・ジャパンを設立した

テックで社会をよくする――。同じ志を持つ仲間を集め、2013年10月にコード・フォー・ジャパンを設立した

今、力を入れているプロジェクトの一つに非営利団体(NPO)への「STO(ソーシャル・テクノロジー・オフィサー)」の派遣がある。NPOは社会課題への様々なアイデアをもっているが、ITに落とし込む知識や人材がいない。一方、優秀なエンジニアにとってNPOの給与水準は企業に比べて低く、通常はなかなか人材が集まらない。だが、コード・フォー・ジャパンには社会課題の解決に関心を抱くシビックハッカーのネットワークがある。すでに10人ほどのエンジニアを派遣しているという。

■全国に広がる「コード・フォー・X」

コード・フォー・ジャパンの設立から7年。日本でシビックテックを志す輪は広がり続けている。「コード・フォー・X(地域名)」という名のシビックテックの団体も全国でおよそ80に増えた。それぞれ独立組織として自主的に活動しているが、互いに緩やかに連携し、絆を深めている。

今年はコロナ禍でオンライン開催となったが、毎年開く「コード・フォー・ジャパン・サミット」には全国の「コード・フォー・X」メンバーが集い、熱い議論を交わす。

(写真は19年のサミットの様子)ReplayUnmuteCurrent Time 0:06/Duration 0:06Loaded: 100.00% Picture-in-PictureFullscreen

シビックテックは今後、どう展開するのだろうか。

「理想は『DIY都市』」と関さんは語る。少子高齢化と人口減少は避けられず、地方都市が人口増や税収増を評価の指標として追い求めることは難しい。市民と一緒に行政サービスを手作りしながら「都市の経営の基準を『住民がどれだけ幸せか』に切り替える必要がある」。

行政と住民が「ともに考え、ともにつくる社会」――。それはコード・フォー・ジャパンのスローガンであり、シビックテックが指し示す未来でもある。

=つづく

(桃井裕理)