新たな宇宙論への道?巨大銀河団に高密度ダークマター

米航空宇宙局(NASA)/欧州宇宙機関(ESA)のハッブル宇宙望遠鏡が撮影した銀河団MACS J1206の画像。こうした銀河団の質量は非常に大きく、その巨大な重力は虫眼鏡のように光の進路を曲げてしまう。これを重力レンズ効果という(NASA, ESA, M. POSTMAN (STSCI) AND THE CLASH TEAM)

人間が一人では生きられないのと同じように、銀河も単独では存在できない。銀河には重力により互いに引き合う傾向があり、ときに巨大都市のような集団を形成することもある。1000個もの銀河からなる、太陽の1000兆個分もの質量をもつ巨大銀河団だ。

しかし、私たちが目にできる星々の質量は、銀河団全体のごく一部にすぎない。銀河団の質量の多くは、目には見えない謎だらけの「ダークマター(暗黒物質)」にあると科学者たちは考えている。ダークマターは、銀河団やその中に含まれる銀河などを球状に取り囲んでいると考えられている。こうした球状の領域は、銀河団ハロー、銀河団の中にあるものはサブハローとそれぞれ呼ばれる。

天文学者たちは何十年も前から、ダークマターが宇宙誕生の際にどのように機能し、宇宙の構造を形作ってきたかを解明しようとしてきた。だがしかし、2020年9月10日付で学術誌「サイエンス」に発表された論文により、現在標準とされる理論と大きく矛盾する観測結果が示された。あわせて読みたい重力波を検出 太古のブラックホール衝突天の川銀河、S字型にねじれていた

今回の研究では、銀河団の中を通って地球に届いた光がどのように曲げられているかを、11の巨大銀河団について調べている。その結果、これらの銀河団に含まれる密度の高いダークマターの領域が、標準モデルにもとづいたスーパーコンピューターの予測より10倍以上も多かったと示唆されたのだ。

「これほどの食い違いが見つかると、多くの場合、従来のモデルを修正する必要が出てきます」と、論文の共著者である米エール大学の理論天体物理学者プリヤムバダ・ナタラジャン氏は言う。「けれどもまれに、そうした食い違いが新しい理論への道を示してくれることがあります。科学史の中でも非常にまれなことですが」

宇宙に存在する巨大なレンズ

この研究は、現在の宇宙論の標準モデルとされる「ラムダCDM(コールド・ダークマター)」モデルを検証した最新のものだ。

ラムダCDMモデルによると、宇宙に占める物質とエネルギーの総和のうち、惑星、恒星、銀河、生物など、私たちが目にするすべてのものを構成する「バリオン物質」は、5%にも満たないという。宇宙の大部分にあたる約68%を占めているのは、宇宙膨張を加速させる謎の反発力「ダークエネルギー」であると考えられ、ギリシャ文字の「Λ(ラムダ)」という記号で表される。

宇宙の残りの27%を占めているのがダークマターだ。このモデルによれば、ダークマターは質量を持ち、重力場を作れるが、自身で反応したり光を放出したりすることはなく、通常の物質とは重力でのみ相互作用する。

ラムダCDMモデルを検証するため、イタリアのボローニャ天文台の天文学者であるマッシモ・メネゲッティ氏が率いる研究チームは、これまでに知られている最大級の銀河団について、物質が周囲の時空を歪(ゆが)ませる「重力レンズ」という現象を観測した。

トランポリンの上に置いたボウリングのボールが周囲の布を湾曲させるように、物質は周囲の時空を歪ませる。歪んだ時空はまるで巨大なレンズのように通過する光を曲げるため、銀河や銀河団のような天体は、その後ろにある遠方の星の明るさや見え方を変えてしまう。

メネゲッティ氏の研究チームは、なかでも銀河団の中にある小さくて強い重力レンズの効果に着目した。11個の銀河団の地図を作製し、小さくて強い重力レンズを数え上げたところ、予想の10倍以上の数が見つかった。この観測結果は、ダークマターのサブハローがコンピューター・シミュレーションの予測よりはるかに高い密度で銀河団の中に存在することを示唆しており、現在の標準とされるラムダCDMモデルと矛盾していた。

新しい宇宙理論への道が開けるのか

宇宙の観測結果とラムダCDMモデルの間に矛盾が生じるのは、今回が初めてではない。しかし、米テキサス大学オースティン校の天体物理学者マイク・ボイラン・コルチン氏は、今回の食い違いは過去の検証で明らかになったものとはまるで違い、非常に意外な発見だとコメントしている。

過去の検証では、はるかに小規模な天体を観測対象とし、ダークマターの密度は理論から予測される値より低いとされた。対して今回の発見では、銀河団全体のダークマターの密度がラムダCDMモデルの予想より高いとされたのだ。

「これまでとは正反対の発見です」とメネゲッティ氏は言う。

理論と観測の間に、新たな対立を生じさせたものは何なのだろう? 銀河が形成される過程を、コンピューターモデルが完全に把握できていないのだろうか? あるいは、これほど巨大な構造をモデル化するための精度が不足しているのだろうか? 論文著者たちは、これらの要素が誤差の原因となりうることは当然考慮していたものの、今回の結果は誤差にしては大きすぎて説明できないのだと言う。

厄介なのは、理論をあらためるのなら、ラムダCDMモデルと同じくらい宇宙のほかの性質をきちんと説明できる必要があるということだ。

ラムダCDMモデルでは、ダークマターは「冷たい」とされている。ダークマターが冷たいとは、宇宙が誕生した当初、ダークマターの粒子の速度が非常にゆっくりだったことを意味する。

この遅さは、ダークマターの密度が平均よりわずかに高い領域があることを説明する上で欠かせないものだった。こうした領域は、その後、通常の物質が恒星や惑星や銀河を形成する足場のような役割を果たしたとされる。

ただし、ラムダCDMモデルは宇宙の大規模構造をうまく説明できる一方で、例えば大きな銀河や、銀河団より小さな銀河群など、約330万光年未満の構造についてはあまりよく予測できない。多くの場合、銀河の中で見つかる小さな天体はラムダCDMの予測より少なく、また、ダークマター領域の密度は低いとされてきたが、今回の観測では予測より密度の高いとされる領域が見つかった。

今後つくられるモデルは、小さなスケールでのダークマターの相反する振る舞いを説明できるものでなければならない。米カリフォルニア大学アーバイン校の天体物理学者ジェームズ・ブロック氏は、その難しさを「床にばらまいてある針を踏まないように歩こうとするようなものです」と表現する。

重力レンズの専門家である英ダラム大学の物理学者マチルデ・ジョーザック氏は、この問題のさらなる検証は一筋縄ではいかないと言う。まず、巨大銀河団はさほど一般的なものではない。今回の研究ではできるだけ多くの銀河団を調べようとしたが、それでもわずか11個だった。

「巨大銀河団は珍しいので、シミュレーションもあまりうまくいきません」とジョーザック氏は言う。より多くの銀河団を調べようと思ったら、もっと広大な宇宙空間のシミュレーションを行わなければならず、それには膨大な量の計算が必要になる。

天体物理学者がラムダCDMモデルの矛盾点を十分に突き止めることができれば、ビッグバンからいかにして宇宙が始まり、恒星や地球や私たち人類が生まれてきたのか、宇宙史の全貌をより正確に説明する新しい理論への道が開けるかもしれない。

(文 MICHAEL GRESHKO、訳 三枝小夜子氏、日経ナショナル ジオグラフィック社)

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