月別アーカイブ: 2020年7月

ITによる格差加速 米カーライル・グループ創業者 デビッド・ルーベンスタイン氏

新型コロナウイルスの感染拡大によって世界は根底から揺さぶられた。世界経済は今後どう変容を迫られるのか。米財界を代表する一人、米投資会社大手カーライル・グループの共同創業者、デビッド・ルーベンスタイン氏に聞いた。
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デビッド・ルーベンスタイン氏
――コロナ禍が広がる前の昨年、パンデミック(疾病の世界的大流行)が金融市場のリスクだとすでに指摘していた。
「動物と人間との交わりが深まれば、動物が持つウイルスが人間にうつる危険は高まる。これは『スピルオーバー』というデビッド・クアメン氏の著作で何年も前から指摘されていた。新たなウイルスが出てくることは常に潜在的なリスクだ」
――コロナ禍は世界をどう変えたか。
「国境を越える移動ができず、国際的な投資も抑えられて世界経済は苦境に陥った。影響はこの先何年も続くだろう。人々の行動は変わり、自宅で過ごす。誰も予想できなかった事態だ」
 
新興国は深刻
 
「より深刻なのは新興国だ。特にドル建ての対外債務の多い国は自国通貨安が進めば返済が困難になる。需要の減退をみて先進国の企業は投資を絞ることになるだろう。エネルギー価格の下落による影響も気がかりだ」
――グローバル企業の経営トップはコロナ禍をどう捉えているのか。
「リモートで管理することが以前考えていたほどは難しくないと感じている。従業員の側も多くは自宅で働くことに抵抗がない。ただ一方で、コロナ前の水準に需要が戻るのは容易でなく、従業員数やオフィスは以前より少なくていいと多くの経営者は考えている」
「世界は大きく変わりつつあり、新たな投資機会が確実にある。医療分野は大きな投資対象となるだろう。5年後の姿を聞かれれば、コロナ禍から完全に立ち直っていることを願うが、多くの企業がデジタルやリモートによる業務へシフトしているはずだ。将来有望な分野が出てくる」
 
資本主義の転機
 
――資本主義が抱える問題がコロナ禍で浮き彫りになったのでは。
「資本主義は完璧ではないが、ほかに優れたシステムはない。広がる所得格差をどう是正し、社会階層の流動性を高めていくか。資本主義は再定義を迫られている」
「最も懸念するのは、コロナでできた『クレーター(大きなくぼみ)』に落ちて抜けられなくなる人が続出する事態だ。パソコンを使えてネットにつながる人と、そうでない人との格差が一段と広がる。コロナ後の新たな世界に対応できない企業は行き詰まり、教育を受けていない人は職を得られぬまま転がり落ちてしまう。深刻な問題だ」
――いまの金融市場で「ブラックスワン(予測不能なリスク)」は。
「核物質の拡散を心配している。テロが各地で広がるようだと波乱要因になりかねない。経済大国間で戦争のような事態に陥らないことを願う」
――今秋に控える米大統領選への見方は。
「民主党のバイデン氏が選ばれれば、トランプ政権の多くの政策は覆されるだろう。特に気候変動対応や対イランの強硬姿勢は転換するとみる」
――日本への見方は。
「日本が10年、15年後も国内総生産(GDP)で世界3位にいられるとは思わない。海外投資が必要だし、移民を受け入れるのも一つの方法だ。ただ一番重要なのは、起業がもっと増える経済にすることだ。新たに企業を立ち上げグローバルな企業に育てる起業家が日本は少なくなっている」
(聞き手は編集委員 藤田和明)
 
David Rubenstein 1987年に米投資会社、カーライル・グループを立ち上げた創業メンバー。米外交問題評議会や世界経済フォーラムなどの中核として米財界を代表する一人。73年、シカゴ大学ロースクール卒。

SDGsに積極姿勢、企業の2割に 帝国データ調査

帝国データバンクが実施した国連の持続可能な開発目標(SDGs)に関する企業調査によると、2割強の企業がSDGsに積極的な姿勢を示した。業種別にみると金融が42%と最多で、製造業が29%と続いた。SDGsへの対応が企業の社会的評価の向上に不可欠になりつつあるなか、大企業と中小企業の間で対応に差も生まれており、今後の課題になりそうだ。
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調査は6月17〜30日に実施した。有効回答企業数は1万1275社だった。
自社におけるSDGsへの理解や取り組みについて尋ねたところ「意味や重要性を理解し取り組んでいる」と答えた企業は8%だった。「意味や重要性を理解し取り組みたい」と答えた企業は16%で、合わせて24%がSDGsに積極的だった。
一方で「言葉は知っていて意味や重要性を理解できるが取り組んでいない」は33%、「言葉は知っているが意味や重要性を理解できない」は15%で、合わせて半数近くがSDGsを認知しているものの取り組みを実践できていないことがわかった。
SDGsに積極的な企業を規模別でみると大企業は35%で全体(24%)を大きく上回った。一方中小企業は22%、小規模企業は19%にとどまった。帝国データは「SDGsは今後企業の社会的価値を決める上で不可欠になるが、企業規模で大きな差が出ている」とみている。
業種別では金融が42%で最も多かった。製造が29%、農林水産が28%と続いた。
SDGsは未来の地球のために達成すべき17のゴールが設定され、世界全体の社会課題を網羅している。17のゴールのうち、現在力を入れている項目について複数回答で聞いたところ「働きがいも経済成長も」が27%で最多だった。次いで「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」(16%)、「つくる責任つかう責任」(15%)が続いた。

課題先進国ニッポン 空から解決、ドローン離陸へ

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ドローン(小型無人機)で社会課題を解決するビジネスを模索する動きが日本で広がってきた。国は2022年度にも「有人地帯での補助者なしの目視外飛行(レベル4)」の実現を目指す方針で、規制緩和へのロードマップを示した。機体は中国勢に席巻されたが、人口減やインフラ老朽化など「課題先進国」の地で磨いたサービス力でビジネスを世界に向けて離陸できるか。
 
■北の大地はドローン実験で最適な地域
 
「離陸します」。操縦士が話すと、ドローンがふわりと浮上し、青空に向けて飛び立った。
調剤薬局大手のアインホールディングス(HD)と旭川医科大学(北海道旭川市)は19日、ANAHDと協力し、医師の指導を通じて処方された医薬品を、ドローンで患者の元にまで届ける国内初の実証実験を実施した。
ビデオ会議サービスを用いて、旭川医大の医師とアインHDの薬剤師が500メートルほど離れた場所にある老人ホームの患者に診療と服薬指導を実施。処方された医薬品をANAHDのドローンチームが患者の元まで約4分の飛行で無事に届けた。ドローンを用いた「非対面医療」の実現に向けて一歩を踏み出した。
国立社会保障・人口問題研究所によると、北海道の総人口は45年に約400万人と、今後25年で2割以上減る見通し。医療や物流の維持のため、北海道では企業や大学、自治体などにとってドローンのニーズは切実だ。ANAHDのドローン事業化プロジェクトを担当する信田光寿ディレクターは「産業ドローン実用化に向けたノウハウを蓄積するのに、北海道は最適な場所だ」と語る。
国は3月末、「小型無人機の有人地帯での目視外飛行実現に向けた制度設計の基本方針」をまとめ、22年度のレベル4の実現に向けた考え方や課題などを整理した。18年に「無人地帯における目視外飛行(レベル3)」の制度を整備したが、有人地帯での飛行に向けて、最適な規制に緩和するための道筋を示した。
 
 
 
 
■ドローン、有人地帯の目視外飛行には課題山積
 
レベル4が実現すれば、陸上輸送が困難な地域に生活物品や医薬品などを配送したり、高齢化が進む地域を巡回警備したりできる。基本方針には「小型無人機が産業、経済、社会に変革をもたらすためには、レベル4の実現が不可欠」と明記。7月には「空の産業革命に向けたロードマップ」を改訂し新たな個別分野で医療などを加えた。
ただ、レベル4の実現に向けたハードルは高い。基本方針も有人地帯の上空を飛ぶには、「社会的に信頼される手段として受け入れられることが必要」とした。機体所有者の把握やプライバシー侵害の対策など課題は山積する。カギを握るのは、具体的な社会課題を掘り起こし、実用化に向けての障壁を丁寧に取り除く産学官の連携だ。
北海道での医薬品配送実験は、その象徴と言える。北海道経済産業局が音頭をとり、ANAHDのほか、旭川医大やアインHD、旭川市の協力を取り付けた。産学官の連携で、国内初の取り組みの実現につながった。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って規制緩和されたオンライン診療を活用できたほか、住宅密集地の公道をドローンで横断できたことなどだ。
ドローンの信頼を得るには、社会課題の解決に必要な手段として人々に認知してもらう必要がある。レベル4に向けたロードマップが示され、課題解決型サービスを軸に企業のドローンビジネスも活発に動き出した。
人口減や人手不足に着目したのは住友商事だ。2月、ドローン開発スタートアップのエアロセンス(東京・文京)と資本業務提携した。国内の建設現場では作業員の高齢化で人手が不足するなか、ドローンを使って作業を自動化し、生産性の向上につなげる。
 
ドローンを活用すれば、高齢化や人手不足で悩む建設現場の効率化につながる
 
エアロセンスはドローンで収集した画像データの解析や、ドローンの自律制御システムなどソフト開発力を強みとする。例えば、建設現場の測量では2.5秒ごとに撮影した画像を基に、人工知能(AI)が距離や高さなどを分析する。人力による測量よりも所要時間を3分の1から2分の1程度に短くできる。
住商は農業分野でもドローン開発のナイルワークス(東京・渋谷)と組み、19年10月に農業用ドローンをバッテリーとセットにして貸し出すサービスを始めた。タブレット端末で指示を出すと、完全自動運転で農場内に農薬を散布できる。
 
■ドローンの機体は中国が席巻、日本の活路は産業用途の機体・サービス
 
インプレス総合研究所によると、国内のドローンビジネスの市場規模は25年度に6427億円と19年度の4.6倍に拡大する見通し。そのうち、約7割をドローンを活用したサービスが占める。
ドローンビジネスでは機体とサービスに大別されるが、機体分野は中国のドローン大手のDJIが市場シェアの約7割を握るとされる。
 
 
 
ドローン関連の業界団体、日本UAS産業振興協議会によると、18年に世界で出荷されたドローンの機体数は400万機で、米国が150万機、日本は15万機だった。機体の内訳では趣味用途が9割で、産業用途は1割という。ドローンを用いた課題解決型のビジネスモデルを確立できれば、産業用途で世界市場を開拓できる余地は大きい。
中国勢が圧倒する機体分野でも風穴を開けようとする挑戦が始まった。
パソコンメーカーのVAIO(長野県安曇野市)は3月、ドローンの設計や製造を手がける子会社、VFR(東京・品川)を新設した。活路を見いだしたのは、産業用途のドローンだ。VFRの留目真伸社長は「産業用ドローンは用途別に細かな最適化が必要。環境変化のなかでも安全な機体が必要になる」と指摘し、「中国が先行するが、世界のドローン市場は黎明(れいめい)期で参入の余地がある」という。
パソコンの製造で培ったノウハウをドローン製造で生かす。「特に小型・軽量のドローンには、省電力や高い通信性能など総合的な技術が必要」(留目氏)と述べ、日本のパソコンメーカーの強みを生かせるという。留目氏は「日本のドローン産業を世界トップにしていきたい」と意気込む。
 
VFRは産業用ドローン開発のACSLと共同開発に取り組む
 
22年度のドローンの有人地帯への目視外飛行に向けて産学官はスタンバイに入った。制度整備などで先行する米国や中国などにどう対抗していくか。留目氏は「オープンイノベーション型で役割分担しながら産業を創り出していく」と話す。課題解決型サービスの実現に向けた産学官の連携が、ドローンビジネス飛躍の条件となる。
(札幌支社 久保田皓貴、企業報道部 坂本佳乃子、河端里咲)

コロナ第1波、ミクロデータ検証を 渡辺安虎氏 東大教授

世界的に新型コロナウイルスの流行が第2波を迎えつつある。第1波の経験から何を学び、どう対応するのか。その際に最も知りたいのは、第1波が経済にどのような影響を与え、経済対策がどのくらい効果があったかだろう。
 
渡辺安虎 東京大学教授
コロナ危機はこれまでの金融危機や経済ショックとちがい、経済主体による影響の異質性が極めて高い。企業であれば業種や取引相手、顧客の種類により減収幅などが大きくばらつく。個人も職種や年齢、性別、正規か非正規か、といった属性により影響度合いが異なった。
この影響の異質性を、集計された公的統計から知ることは困難だ。例えば製造業の公表数字があっても、アルコール消毒液を作る企業もあれば、自動車部品を作る企業もある。公的統計はあくまで集約した数字が公表されるだけだ。統計の基になる個票レベルの「ミクロデータ」への機動的なアクセスは、政府外には閉ざされている。
この4カ月間、コロナ危機をめぐる日本経済に関する論文などで公的統計のミクロデータを使ったものは私の知る限り存在しない。素早く発表された分析は全て民間データを使っている。東大の研究者はクレジットカードの利用データを用い、一橋大などのチームは信用調査と位置情報のデータを使った。米マサチューセッツ工科大のチームは日本の求人サイトのデータを分析した。
一橋大と香港科技大のチームは自ら消費者調査会社にデータの収集を依頼した。このプロジェクトに至っては、政府による数兆円規模の補助金の効果を分析するため、クラウドファンディングで200万円の寄付を募るという綱渡りを強いられている。
政府統計の問題はミクロデータへのアクセスが閉ざされているだけではない。行政データのデジタル化の遅れにより、解像度と即時性を兼ね備えたデータがそもそも存在していない。これらの点はすぐに改善は望めないので、当面は民間データの利用を進めるしかない。
成果も少しずつ出てきた。たとえば米ハーバード大のチェティ氏らによる、民間データを最大限利用する取り組みには、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団などから大きな研究費がついた。その結果、各種の経済対策が雇用に与えた効果が極めて限定的だった、ということが分かってきている。
しかしより大きな問題は、政府が様々な給付金や補助金の効果を把握するための仕組みを考慮していない点だ。たとえばある補助金を受け取った企業は、受給が1カ月遅れた企業とどのように影響が異なるのか。第2波のために経済対策を打つにも、政策の有効性が全く把握できていない。これでは政府が暗闇の中で意思決定するのと同じだ。
証拠に基づく政策決定の整備が急を要する。政府がミクロデータを提供し、民間データとうまく組み合わせれば効果を測ることができる。今からでも予算の0.01%でも効果測定のために用いれば、第2波、第3波によりよく備えられる。政府は全速力で取り組むべきだ。

何度でも野球人生を 海外に送り出す社長の本意 大リーグで生きる

 
 
日本から世界へ、世界から日本へ。夢をあきらめない選手が、国をまたいで挑戦する道を開くため、起業したのが「WorldTryout(ワールド・トライアウト)」社長の加治佐平氏だ。人生に挫折はつきもので、2度、3度と再挑戦できるシステムをつくりたい、という。その思いとは……。
【関連記事】やっと開幕 数字で見るMajor League Baseball
■トライアウトの監督は清原和博氏
2019年11月30日。シーズンを終えて静まり返っているはずの神宮球場に、球音がこだました。日本のプロ野球を退団した選手や、アマチュア選手が内外のリーグに再挑戦する場として、ワールド・トライアウトが開いた試合形式のテストの場だった。
こうしたテスト会にはプロ12球団で戦力外となった選手のための12球団合同トライアウトもある。日本野球機構(NPB)の中で活路を模索するためのものだ。
一方、ワールド・トライアウトは国内の移籍をサポートするとともに、日本と世界を結ぼうという試みとして生まれた。
半信半疑ながらトライアウトに挑戦。メキシコでのプレーを選んだ高木氏
 
昨季限りで西武を退団した高木勇人投手や独立リーグの選手、さらには日本球界入りを希望する外国人4選手も参加した。これをメジャー5球団と台湾プロ野球のスカウトが見守った。
初めて耳にするイベントに、高木も最初は参加をためらったというが、結果としてイベントは大盛況だった。シーズン外れの野球場に2500人のお客が集まった。大半のお目当ては試合形式のテストの「監督」に指名された清原和博氏(52)だった。衝撃の薬物事件から3年。球界のレジェンドの久々のユニホーム姿に注目が集まった。
トライアウト終了後の会見で「(現役)当時の横断幕が見えたりだとか、ライオンズ時代のファンの方もいらっしゃった。またこうして応援していただけたというのは心からうれしい」と、再出発の意欲を語った。
イベントは清原氏一色。だが、それこそ加治佐氏が望んだものだった。「再出発のシンボルとして清原さんに采配をふるってもらえてよかった」。トライアウトの根底には、挫折しても人生は終わりではなく、やり直しはきくのだ、という信条があった。そのメッセージの発信の場として、大成功だった。
神宮球場で行われた「ワールド・トライアウト」で東尾修氏(左)と対談する清原氏。昔からの西武ファンにはたまらない組み合わせ
 
■フリでもいいから楽しむ
バイオテクノロジーの研究者として病気の早期発見や、スポーツ選手の故障予防技術の開発などを手掛ける加治佐氏。畑違いとも思えるトライアウトの必要性に思い至ったのは、東大野球部OBとして親交を重ねていた六大学の関係者に、進路に悩む選手が多かったからだ。プロで解雇されたり、大学卒業後の進路を見つけられなかったり、独立リーグから先の道が途絶えていたり……。野球をやりきったという気持ちを抱けないまま、なし崩し的に第二の人生に進まざるを得ない現状がそこにあった。
 
 
加治佐氏とともにワールド・トライアウト社を運営する田中聡氏は元日本ハム内野手。好きな野球を続けるため、法大卒業後の2000年には米国の独立リーグで修業するなど、道なき道を歩んできた。その苦労話を聞くにつけても、野球選手の進路を広げる必要性を痛感するばかりだった。
西武退団後、野球を続ける道を探すのに苦労した、という高木も今はワールド・トライアウトに参加してよかった、と思っている。「自分のような立場の選手はいままでもいたと思うし、これからも出てくるはず」だからだ。
特に、野球は日本だけでなく、世界のどこでもできるのだから、視野を広げて活躍の場を求めていこう、という考え方には共感するものがあった。
巨人時代、高木は岡本和真らとともにプエルトリコのウインターリーグに参加した。そこには似て非なる野球があった。
「米国の自治領だけど、米国の野球とも違って、純粋に野球を楽しんでいる感じがあった」。負けたら純粋に悔しがる。決して楽しいばかりではないのだが、悔しさもつらさも、どこかで前向きの力に変えないと、勝つための活力が生まれてこない、と考えているらしい。たとえ涙目になっても「俺たちは楽しんでるぜ」と、自分をだましながらやっている感じを含め、高木は興味を引かれた。
 
巨人時代の高木氏。1年目の15年に9勝。中継ぎでも活躍した=共同
 
そこへいくと、日本の野球は「ちょっと抑えながらやっている」と感じられるという。
高木はどちらがいい、悪いという問題ではないと強調しつつ、世界のあり方は一様ではなく、国・地域それぞれの野球があり、人それぞれの生き方があるから面白い、と話す。
高木は今季からメキシコリーグに所属し、プレーを続けることにした。自分の歩んだ跡が、後輩たちの道しるべになればいい、と考えている。
95年の歴史を誇るメキシコリーグも、コロナ禍にはあらがえず、初の中止が決まった。高木の挑戦も宙に浮く形になったが、めげていなかった。
「この困難も、一つの経験だと思います。自分自身は全然下を向いているわけではなくて、次に向けて何をすべきかの勉強になると思います。今はハプニングばかりですが、この経験は必ず自分の糧になると思っています」とのコメントを現地から寄せてくれた。想定外のことばかりに向き合ってきた人らしく、慌てず、騒がず、じっくり構えている。
■「一発勝負」はきつい時代
加治佐氏や高木ら、思いを同じくする仲間の輪は広がりつつあるが、ワールド・トライアウトの課題は多い。日本のプロ球団のスカウトは来ず、その意味でまだ"公認"された存在とはいえない。
こんな声も聞こえてくる。海外へ選手を送り込むのはいいが、安易な挑戦は、ずるずると野球にしがみついて、時間を無駄にするような失敗例を増やすだけではないか。
加治佐氏は逆に問う。駄目とか失敗とか、何をもって判断するのか。
「語学ができて150キロの速球を投げる人材なんてそんないない」と話す加治佐氏
 
「もし野球で駄目でも、英語やスペイン語を話せるようになって帰ってきたら、一般の企業にとっても魅力のある人材になる。語学ができて150キロの球を投げられる人材なんて、なかなかいませんよ」
自分で限界を設けない限り、人は変われる。海外挑戦もそのきっかけになりうる。もし、野球で通用しなくても、それは人生の一部であって、その先に勝負はまだあるのだから、と加治佐氏は訴える。
雇用形態が崩れ、国境の境目が薄れ、人の流れが激しくなる時代に、誰であれ「一発勝負」はきつくなってくる。再挑戦を促し、人生を複線化、複々線化する取り組みは野球界だけのテーマではない。
(篠山正幸氏)