月別アーカイブ: 2019年12月

貧困の現状と対策(下) 労働巡る負の連鎖 断ち切れ 小原美紀 大阪大学教授

ポイント
○働く者の中での格差の拡大が日本の特徴
○親が非正規だと子供も非正規なりやすく
○子供の医療や高等教育への補助の拡充を
日本の世帯間格差は2000年代後半まで緩やかに拡大した後、高止まりしている。18年の経済協力開発機構(OECD)統計によれば、他の先進諸国でも同じ傾向にある。先進国の格差拡大の背景には高齢化の進展がある。加齢とともに世帯間格差は通常拡大するので、高齢者が増えれば社会全体の格差は大きくなる。
また技術革新とともに教育を受けた者とそうでない者の差も拡大したといわれる。高度な技術を使える者への収益が相対的に増えたことに加え、技術に見合う教育を受ける者が増えていないことも指摘される。
だがこれらだけでは日本の世帯間格差の特徴を説明できない。日本では働いているかどうかの差よりも、働いている者の中での格差が拡大している。特に低所得階層の増加が背景にあるといわれる。これは所得よりも、包括的な世帯の厚生(満足度)を表すとされる消費でみた場合にも当てはまる。多くの先進国でみられる高所得層がますます富む現象とは異なる特徴だ。
働いている低所得層の拡大といえば、非正規労働者と正規労働者の格差が思いあたるだろう。非正規の所得は相対的に低く、その差は依然大きい。さらに日本の場合、一度非正規になるとなかなかその状態から抜け出せないといわれる。つまり非正規の経済厚生は現在だけでなく生涯にわたり低くなる。そしてこれが彼らの将来不安につながる。
◇   ◇
非正規労働者の経済厚生を議論する場合には、統計の整理が欠かせない。感情的な意見や印象に基づく議論では本当に必要な政策にたどりつけないからだ。
こはら・みき 大阪大博士(経済学)。専門は応用計量経済学、労働経済学、家計行動の実証分析統計を分析する際にはいくつか注意が必要だ。第1に非正規労働者を世帯として把握したい。特に非正規が家計を担う者であるかどうかをとらえたい。
ある人が非正規労働者だったとしても、その人の世帯に安定した所得を得ている者が存在すれば、各世帯員の経済厚生は低くなりにくい。逆にいえば、世帯の状況を考えずに個人が非正規かどうかだけをみて、経済厚生を把握すれば非正規労働による経済厚生の低さを過小評価してしまう。その点、世帯全体で分かち合うと考えられる消費に注目して経済厚生を計測すればこの問題は小さくなる。
第2に非正規労働者の所得や消費が低いとしても、それがただちにその人の経済厚生の低さを表すわけではない。所得や消費よりも、非就業時間の長さを求める者はいる。例えば子育て中の者がそうだろう。消費だけでなく時間の価値の考慮も重要だ。
第3に経済厚生を計測する場合には、所得や消費といった金銭的な側面だけでなく、非金銭的な側面も考慮したい。例えば精神的なものも含めた健康状態の悪さは見過ごせない。
これらに気を付けながら2人以上世帯に関する統計を整理すると、家計を担う者が非正規である場合、所得や消費の水準が低いことがわかる。また特に既婚女性が非正規として働く場合には、働かない場合や正規として働く場合よりも精神的な健康状態が悪くなる。労働時間が短いことによる喜びよりも、所得が低いことによる苦痛の方が大きいのかもしれない。
このように、働きながらも低い階層に分類される世帯の経済厚生は低いとされる。その何が問題なのか。一つにこのグループに属する世帯が将来を考えた行動をとりにくいことがある。例えば不慮の事態、特に好ましくない出来事の発生に備えた貯蓄や投資がなされにくい。そして予備的行動をとれない世帯の方が、負の出来事に直面する確率が高く、発生したときの厚生の損失が大きい可能性もある。このことは個々の世帯の問題にとどまらない。社会全体の厚生の損失だ。
さらにそうした世帯に子供がいれば、予備的な行動をとらないことは長期的な厚生の損失につながる。次世代への負の連鎖である。「Great Gatsby Curve」として知られるように、格差が大きい国で階層移動が少ないという関係がある。これによれば格差が大きい社会では、低所得階層の親から生まれた子供が低所得階層にとどまる確率が高い。
不慮の事態に対する行動差だけが、この関係を発生させる理由ではない。因果関係をとらえた統計分析の見解は一致していないが、子供の健康に関する予防行動や子供のための教育投資、家庭環境の差などが理由として挙げられる。
より複雑なのは親の働き方の連鎖だ。家計を担う親が非正規として働いている場合、その子供も成人したときに非正規として働く確率が高くなりがちだ。親の職業ネットワークが子供の職業決定に影響していることや、良くも悪くも親がロールモデルとなっていることが背景にあるのだろう。
◇   ◇
ところで、人々は「働けない」のだろうか、それとも「働かない」のだろうか。この識別は政策を議論する際には重要となる。
貧困層を含む低所得階層で、人々が純粋に外的な理由で行動をとれないならば環境を改善すればよい。本人の能力不足や家庭環境の悪さにより就業に関する質の高い情報を得られないのなら、それを与える場所をつくればよい。一方、実際は行動可能なのに行動をとろうとしないのならば、環境整備にどれだけ資金を投じても効果は見込めない。
残念ながら両者を完全に識別することは難しい。ただし、わかっていることもある。貧困層を含む低所得階層に、働くとか将来のための行動をとるといった意欲を持てない層がいることだ。筆者の分析では、日本の既婚世帯で夫が常勤以外の被雇用者(低所得階層に属すると考えられる)である場合に、貯蓄できない割合だけでなく、貯蓄しようと思わない割合も高いことが示されている。
貧困層を含む低所得階層で負の連鎖が起きる背景に意欲を持てないことがあるのならば、推奨される行動をとったときに得られる便益を高める必要があるだろう。例えば子供が医療サービスを受けるといった将来のためになる消費に対する補填が求められよう。子供の厚生でいえば、子供が選択する高等教育への補助拡充も望まれるだろう。消費に対する補助ならば、労働意欲を阻害しない。

「年齢にこだわらない教育が必要」小峰隆夫氏

資本主義の長い歴史で人類は何度も技術革新を経験してきた。生活の豊かさと引き換えに消えていった仕事もある。デジタル化や人工知能(AI)の発展という波のなか、資本としての人の価値をどう高めていくべきか。大正大学の小峰隆夫教授は「年齢にこだわらない教育システムが必要」と話す。
小峰隆夫氏(こみね・たかお) 1969年東京大学経済学部卒、経済企画庁(現内閣府)入庁。物価局長や調査局長を歴任し、01年国土交通省国土計画局長。03年法政大教授、17年4月から現職。日本経済研究センター理事・研究顧問。
「技術革新の陳腐化速い」
――デジタル化が進み、ハイスキル人材か否かで生じるような格差の是正を求める声も聞かれます。両者を共存させるにはどうしたらいいでしょうか。
「これまでの技術革新も様々な摩擦を生んだが、進歩そのものを否定するものではない。現状を改善しようとする行為が技術革新につながるとすれば、その結果はプラスに作用する」
「ただ最近の技術革新はテンポが速く、陳腐化の速度も高まっている。国の役割は技術進歩を受け入れて、それが本来の目的である人間の福祉につながるようにすることだ。日本の場合、働き方や人的資本形成のメカニズムを変えないとうまく対応できない」
――日本型の仕組みをどのように作り上げたらいいでしょうか。
「現状の大学教育や入社後にオンザジョブトレーニング(実地訓練)でノウハウを身につけるやり方は効率的ではある。だが技術革新のスピードが速くなっており、大学卒業後しばらくして学び直さなければいけない機会が次々に出てくる可能性がある。年齢にこだわらない教育システムが必要だ」
「同一労働同一賃金を突破口に」
――リカレント教育(社会人の学び直し)を充実させるには何が必要ですか。
「私も社会人に教えた経験があるが、中には企業に内緒で学びに来ている人もいる。企業の理解はまだ不十分だ。学び直しをするのは変わり者と受け取られる恐れがある。余力があるならもっと仕事をきちんとやれと言われかねない。大学院を出て修士号をとっても、企業は給料を上げるなどの評価をしない」
「最近は副業を認めるなどの動きもある。これは弾力性を高めるうえで非常にいい。企業も社員が副業で得たノウハウが本業で役立つ可能性が高いと考え始めている。このように、現実と制度が矛盾しているときは工夫して適応する動きが出てくる」
――日本型雇用システムの問題点はどこにあって、企業は何をすべきでしょうか。
「日本型の長期雇用の職能給は現代社会にフィットしていない度合いが強い。ひとつの突破口は同一労働同一賃金だろう。職務に応じた給料を支払う。ただ職務給にすると、同じ職務に就いている限り賃金は上がらない。これを受け入れるかどうか、議論し始めるときりがない。また職務給にするなら、ジョブディスクリプション(職務記述書)をしっかり作らないといけない。いまは上司などに言われたことをやる、といった融通むげなところがある」
■記者はこう見る「学び直しは全世代で」
 岡村麻由氏
 社会人3年目の記者は物心ついたころからインターネット環境があったいわゆる「デジタル・ネーティブ」世代だ。まるでハイテク人材世代のような呼称だが、スマートフォンやパソコンの使い方がこなれているだけではデジタルの急速な進化や人工知能(AI)の発展の波を乗り切れない。
 新技術が既存の枠組みを壊して生活に浸透すると、過去に学んだ知識の多くは陳腐化していく。小峰隆夫氏の言う「年齢にこだわらない教育システム」の重要度は増している。大量生産・大量消費の時代が終わり、豊かさを生む資本は生産設備から知識などに移ってきた。一人ひとりが自らの「価値」に向き合う必要がある。
 とはいえ、既存の雇用体系や多くの企業の職場の雰囲気が学び直しを前提としているとは言いがたい。デジタル化やAIの発展で人間が担う領域が減るといわれるなか、学び直す必要があるのは若手も中堅・ベテラン社員も一緒だ。全世代が知識を磨き続けられる土壌作りが求められている。

90秒にかけた男 減収150億円! ジャパネットの「責任の取り方」

通信販売大手ジャパネットたかた。前社長の高田明氏はテレビ通販王国を一代で築き、お茶の間の人気者ともなりました。朝から晩までテレビカメラの前に立ち続け、「伝える」ということを追究してきた高田氏。2004年3月の顧客情報流出事件では、番組の放映を長期自粛。150億円もの減収となりましたが、その対応は「危機管理のお手本」と称されました。なぜ、そんな振る舞いができたのか。舞台裏を赤裸々に明かします。
◇   ◇   ◇
前回「いま明かす、顧客情報流出事件を防げなかった理由」でもお話ししましたが、企業に何か問題が起こった時は、真っ先に経営理念や社是といった原点に還(かえ)るべきだと思います。ジャパネットで個人情報の流出事件が起こった時も私は「原点に還ろう」というメッセージを社員に発し続けました。企業は公器として社会に向き合うと同時に、社員、その家族の人生をある意味、預かっているのですから、会社を潰すわけにはいきません。あの時はこれまで頑張って築き上げてきたものを一度、ゼロに戻していいとは思っていました。ゼロから新たにスタートすればいいと。
販売自粛49日間 問題をはぐらかさない
事件発生をうけて、「原点に還ろう」と社員に訴えた(写真は1986年に開業した1号店「三川内店」)
販売自粛は49日に及び、最終的には150億円くらいの減収になりました。しかし、私は「支持してくださるお客さんに多大なご迷惑をお掛けしたのだから自粛は当然」という思いでした。
問題をはぐらかしながら商売はできません。とにかく問題の原因を突き止めて二度と顧客に迷惑をかけないようにする――。企業として経営者として説明責任を果たす――。それが妻と佐世保の小さなカメラ店からスタートした創業当初からの基本姿勢だったからです。
世の中の人のために企業が成り立っていく中で人のためにならないことが現に起こっているのだから、それはいくら費用がかかっても問題を解決することが企業が果たさなければならないものの優先順位の一番に来るということです。
そうした思いは創業以来、私も妻も共有していました。不祥事が起きた時は、社是、経営理念に立ち返ることで、正しい判断ができると思うのです。私はそういう気持ちで社員たちと一緒に創業時からやってきましたから、あの時、その判断をさせてもらったことが一番良かったなと。
それが、「いやいや、もう番組も収録しているのだからテレビを止められない」とか「お金がかかりすぎる」といった我見で判断していたら、ジャパネットはとうに消えていたでしょう。常に何かあった時は理念に戻ってみる、そこで企業がどういう結論を出すかという答えはおのずと決まってくる気がします。
この事件の後、以前ご紹介した企業理念のクレド(信条)を作ったのも、私どもの考えをより全社に浸透させようという考えからです。皆でクレドを考え、作っていきました。
クレドをジャパネットの社員は常に携帯する(写真は歴代のクレド)
事件とその後のジャパネットの業績を振り返ってみましょう。
事件前の2003年の売上高は705億円でした。事件が起こった04年は663億円に減りました。事件がなかったら多分800億円を超えていたでしょう。体制を見直し再スタートした05年には906億円になりました。900億円を超えたというのは、お客様に対して感謝の言葉しかないです。
取引先やメーカーさんにもおわびに行きました。関係者の皆様のご支援により乗り切ることができたと思っています。企業というのはそうした様々なステークホルダー(利害関係者)の期待に応えていく責任があります。その取り組みの中から「クレド」ができたことは良かったと思っています。
100年続く会社、世間から認められる企業であり続けるために
「出世ナビ」の連載の最初に申しましたが、100年続く会社、世間から認められる企業であり続けるために、私は息子の旭人に社長を譲りました。ジャパネットたかたという社名は私が付けましたが、もはや高田明の個人商店ではありません。実際、現体制では持ち株会社のジャパネットホールディングスがあり、その下に7つの子会社がぶら下がっています。「たかた」という名を冠しているのは、バイヤーと各媒体の制作・企画をする部署がいる「ジャパネットたかた」だけで、残りの6社は「ジャパネット〜」という社名です。
だから、これから生まれてくる人たちは近い将来、テレビで通販番組を視聴して「ジャパネットたかた」ではなく、「ジャパネット」としてイメージする日も近いでしょう。どんどん「個」のイメージのある「たかた」が後退していって、「ジャパネット」として世の中に貢献する企業に脱皮すればいいのだと思います。ただ、番組でも流す歌が、♪ジャパネット、ジャパネット、夢のジャパネットたかた♪ ですから、そこを変えるのはちょっと難しい(笑)。
高田明氏(右)は長男の旭人氏(左)にトップを譲った(2014年の記者会見)
私が社長の時も一度、「たかたを取ろうか」という話が浮上したのですが、歌詞をどうするか皆で話し合ったことがあります。ジャパネットたかた改め、「ジャパネットたかか」とも言えないし(編集部注:「たかか」は九州弁で「高い!」の意味)。そういうこともあって、「たかた」が1社だけ残っているということなのでしょうね。
だから、ジャパネットは高田明個人の会社ではとうにないし、個人の力でやっていくわけではないのです。企業というのは社会の公器として、信頼を背景にお客様との信頼関係を作るわけです。
例えば、ソニーもソニーという名前の会社がお客様と向き合っている。創業者の名前はありません。松下幸之助さんが興した松下電器産業も今ではパナソニックに社名が変わりました。ジャパネットもそういう方向に向かっています。企業として世の中に責任を果たし続けられて初めて100年、200年と続く会社になる。情報漏洩事件はそんな信頼関係を自ら壊してしまった。あの時、販売自粛を決めて、原点に戻ろうとした判断は間違っていないと思います。
ただ、誤解していただきたくないのは、情報漏洩事件での私の対応を決して「美しい形」として、美談として取り上げてもらってはいけないのです。50万件もの情報が流出し、顧客に迷惑をかけた。その責任をジャパネットは企業としてずっと背負ってお客様に向き合っていかなければいけない。やっぱり、何ていうか……。「生き方」でしょうね。自分がどう生きるか、企業はどういう使命を負って生きていくか、ということが人間の使命であり、企業としての責任だろうと思います。
高田明(たかた・あきら)
1971年大阪経済大経卒。機械メーカーを経て、74年実家が経営するカメラ店に入社。86年にジャパネットたかたの前身の「たかた」を設立し社長。99年現社名に変更。2015年1月社長退任。16年1月テレビ通販番組のレギュラー出演を終える。長崎県出身。68歳
(シニア・エディター 木ノ内敏久氏)

「AI時代、組織で知識生む仕組みを」松原隆一郎氏

経済のデジタル化が進み、知識労働の重要性が高まっている。その一方で、判断や推論を伴う複雑な思考を担える人工知能(AI)の開発が進む。AI時代に労働や企業組織のあり方はどのように変わっていくのか。東京大学名誉教授の松原隆一郎氏に聞いた。
松原隆一郎氏(まつばら・りゅういちろう) 1956年神戸市生まれ。東大工卒、東大大学院経済学研究科博士課程修了。東大大学院教授を経て、18年4月から放送大教授、東大名誉教授。
「知識を触媒する役割、必要になる」
――AIは労働にどのような影響を与えますか。
「AIを使い始めると人がやることがなくなってくる。決められたルールのなかで問題を解く作業で人はAIに勝てない。AIを使うルールを決めるのは人が手掛けるとしても、それはかなりの知識労働だ。その作業に特化しなければ人が利益を稼ぎ出せないとなると、現役世代分をまかなうだけの利益が出て、賃金として配分できるかわからない。AIの与えるショックは大きい」
――企業の組織のあり方はどのように変わっていきますか。
「知識労働は今後、一層クリエーティブにならなければ稼げなくなるだろう。互いに示唆を与え合い、新しい発想を生み出すことができる組織作りが重要になる。だが必ずしもフラット化した組織が求められるわけではない。中間管理職が情報の伝達役や抑圧的な上司にすぎないのなら必要はない。知識の触媒としての役割を果たすことができる存在が必要になる」
――日本企業は変化に対応できるでしょうか。
「20世紀を振り返ると、日本は組織で新しい発見を生み出してきた。たとえばトヨタ自動車では上層部の指示を待たずに現場で不具合を見つけて解決する仕組みを生み出した。一方、米国のテーラー方式ではホワイトカラーとブルーカラーが分離し、上の指示に下が従うだけだった」
「日本にテーラー方式が本格的に入ってきたのが00年代で、正社員から非正規に切り替えた時期と重なる。現場は上に言われたことを肉体労働としてこなすだけになった。組織や人間関係のなかで知識を生み出して利益をあげるという日本の成功モデルが崩れてしまった」
「日本、もっと世代交代進めよ」
――日本の資本主義のあり方をどうみていますか。
「株主や金融機関から資金を調達して事業をするべき企業が貯蓄主体になっている。これは資本主義ではない。もともと日本企業は株主への配当よりも事業投資を優先し、借り入れ過剰の状態だった。バブル崩壊後は逆に過剰に後ろ向きになり、負債を返し終えても投資をしなくなった」
「日本はもっと世代交代を進めるべきだ。将来何が起こるか分からないところで、投資してうまくいけばリターンを得る仕組みが資本主義だ。失敗したら結果責任をとるべきだが、不確実なことに対して責任を取る人がトップでなければ世代交代が進まず、社会が停滞する」
■記者はこう見る「デジタル人材の育成急務」
 今井拓也
 経済のデジタル化が進むなか、日本では人工知能(AI)の開発などを担う人材の育成が急務だ。米国のコンサルティング会社の推計ではビジネスの場で活躍するAI人材は世界に45万人。このうち日本は2万人弱で、13万人の米国や7万人の中国を大きく下回る。
 データから新たな知見を生み出す知識労働の重要性が増すなか、組織のあり方も見直す必要がある。年功序列のような日本型の雇用では、高いデジタル技術を持つ若い世代が登用されたり厚待遇を受けたりしにくい。
 デジタル人材の争奪戦は国境を越えて繰り広げられている。技術革新の担い手となる社員に権限を委譲するなど、従来にない発想で組織を作り直すことができるが今後の企業の成長力を左右する。

貧困の現状と対策(上) サービス給付の保障 中心に 神吉知郁子 立教大学准教授

ポイント
○最低賃金上げ、貧困対策として限界あり
○現金給付での対応も所得捕捉などが難題
○育児、住宅、医療、教育などの給付充実を
1980年代以降、先進諸国の共通現象として所得格差は拡大傾向にある。樋口美雄・慶大名誉教授らの分析によると、日本では年金による再分配のない20〜30歳代世帯の所得格差拡大がみられる。
97年以降は、家計所得全体が低下傾向にあるとともに、相対的貧困と定義される層に属する人数も増えている。今後は、貧困層の固定化が懸念される。名目・実質賃金ともに低下が続くのも、欧米先進国にはない日本の特徴だ。低賃金の非正規労働者の増加により、全体の賃金が押し下げられているとみられる。
◇   ◇
所得格差拡大の是正策として、最低賃金引き上げが提唱される。実際、今世紀に入り最低賃金を引き上げた各国の検証では、賃金格差の縮減効果がみられる。
注意すべきは、賃金格差は貧困とイコールでないことだ。賃金が個人の労働の対価であるのに対し、貧困は世帯所得の問題だ。貧困か否かには、賃金のみならず世帯内の就業者や扶養家族の人数が密接に関わってくる。さらに個人の賃金分布と世帯の所得分布は一致しない。学生バイトなど、中高所得世帯にも最低賃金労働者が存在するためだ。その意味で、最低賃金引き上げは貧困対策としては構造的な限界を抱えている。
例えば最低賃金が賃金中央値の6割を超え世界最高レベルにあるフランスの専門家委員会は、最低賃金引き上げは貧困対策として有効でないとたびたび警鐘を鳴らしている。世帯所得別に最低賃金労働者の分布をみると、貧困世帯に属する者は19%にすぎず、多くは中間所得世帯に属する。
そもそも働けない、もしくは不安定雇用で労働時間を確保できない貧困世帯は賃金単価である最低賃金引き上げの恩恵を受けにくい(図1参照)。また、フルタイムで働きながら子ども2人を育てる単親世帯では、最低賃金の1%上昇による可処分所得の増加は0.2%にとどまる。そこでフランスでは、最低賃金よりも、低所得世帯向けの社会保障の拡充のほうが貧困対策として有効とされる。
貧困が世帯の所得問題だとすれば、低所得世帯の所得を直接補完する対策として「給付つき税額控除」の導入も有力視される。日本でも約10年前に税制改正大綱の検討事項として盛り込まれた。諸外国で既に導入されている給付つき税額控除はいわゆる「負の所得税」の構想をもとにしている。すなわち所得が一定額を下回ると、逆に現金が給付される制度だ。
病気や老齢などの定型的な事象ではなく、低所得自体をリスクとみた、税制を通じた再分配ともいえる。就労を受給要件とし、生活保護のように就労収入を給付額から全額差し引かず、就労収入の増加に応じて手取りが増える仕組みとすれば就労インセンティブ(誘因)を損なわない所得補完制度として期待される。
英国の「就労税額控除」は、週16時間以上就労する低所得世帯向けの制度として99年に導入された。ところがすぐに運用上の問題が相次ぎ、約10年で他の制度と統合・発展解消されることになった。深刻な問題は給付を巡る混乱だった。英国では、申請者の前年度所得から年単位の収入予測を立てて、毎週または毎月の前払い給付をしたが、申請後の収入変動についての把握・給付ミス、特に過剰給付が頻発した。
前払い制度は、先行する米国の「勤労税額控除制度」が1年分の後払いのため即応性に欠けると指摘されたことを踏まえた工夫でもあったが、事後の過不足処理の問題は残った。過剰分は後に返還請求されるが、困窮世帯は事実上返還余力を失っていることが多く、社会的混乱を招いた。
この問題は単に運用上の努力不足ではなく、低所得者の収入が不安定で捕捉困難という事実を過小評価したことにも原因がある。今やどの国でも、安定した雇用で規則的に賃金が得られる見込みを持ちにくくなっている。臨時で不安定な雇用は増えており、仕事の掛け持ちも珍しくない。
英国は新制度への移行の前提として、全雇用主が各労働者の賃金データを歳入税関庁に毎月送り、労働年金省と共有する大がかりな仕組みの導入を宣言した。しかし何度も新制度への移行が延期されたうえ、それだけコストをかけても、単発の仕事を請け負う個人事業主としての就労時間や所得は反映されない。
◇   ◇
この問題は、日本の働き方の変化とも無関係ではない。安定した正規型の雇用が減る一方、兼業・副業が増加し、請負型の働き方が広まれば、必然的に所得の変動幅は高まる。それらに個別に対応するためには、毎月の調査・給付にかかる事務運営コストが膨大になる。より公平を期すため、所得(フロー)だけでなく資産(ストック)を考慮しようとすれば、その把握はより複雑になる。
他方で、低賃金の正当化や固定化を避けるべく給付水準を最低所得保障にとどめる限り、病気など特別のリスクに対して別途備える必要性はなくならない。こうした問題は貧困対策として低所得を補う現金給付システムの限界も示唆する。
そのうえで現役世代への再分配のあり方を見直す余地はなお大きい。日本の再分配は高齢世代への比重が大きく、現役世代のニーズは個人で対応すべきだと考えられがちだ。例えば一般低所得世帯向けの期間の定めのない住宅費補助制度を持たない日本は、経済協力開発機構(OECD)諸国ではごく少数派だ。高等教育の自己負担も大きい。
このことは70年代までに形成された生活給的な賃金体系を前提とする限りでは不合理と言い切れない。だが年功賃金という建前の生活給が崩れて正社員の賃金カーブはフラット化しつつあり、賃金上昇の見込めない非正規労働者の割合が高まっている(図2参照)。安定した賃金労働の減少を考えれば、家族形成に必要な住宅・教育費用などが賃金で支えられるという前提を見直す必要がある。
最低賃金や均等・均衡待遇などの賃金規制は賃金カーブを保障せず、逆にも作用する。格差是正を超えて貧困対策を進めるならば、賃金規制だけでなく、これまで個人の生活給による対応が想定されてきたニーズを社会的に負担するシステムへの転換が必要だ。その際には現金給付より育児、住宅、医療、教育などサービス給付の保障を中心に据えるべきだ。費用負担の軽減だけでなく、例えば保育を利用できずに就労を断念しないよう、サービスへのアクセス保障が鍵となる。
若年層の貧困は子どもを産み育てる力を弱め、中高年期の貧困は老齢期の備えも難しくする。現役世代の貧困は少子化を加速し、社会基盤を揺るがす問題だ。
支え手を増やし持続可能な社会をつくるには、次世代を健やかに育める見通しが必要だ。賃金が右肩上がりでなくとも、ライフイベントの負担が大きくなければ見通しを立てられる。社会の発展のためには公平な高等教育の機会保障が重要であるし、住宅政策の見直しも求められている。

1964→2020「サイボーグ009」の訴え 続く分断、溝埋まる日は

サイボーグ009の主人公ジョーは人間の憎悪や不寛容に直面する
「すこしの色のちがい……ことばのちがいでさえもゆるしあえないでいるじゃないか」「人間の歴史をふりかえってみよう。それは闘争の歴史である。それは悲しみの涙と後悔のうめきのじゅず玉の歴史でもある」――。
前回東京五輪が開かれる直前の1964年夏。こんなメッセージをちりばめたひとつのSF漫画の連載が始まった。
日本人の母と国籍不明の父のもとに生まれた主人公、島村ジョーをはじめ9人のサイボーグが悪の軍産複合体に立ち向かう。漫画家、石ノ森章太郎の代表作の一つ「サイボーグ009」だ。
サイボーグの出自はロシアやアメリカ、ドイツ、中国など様々。メンバーには赤ん坊までいる。国籍や性別、人種の壁を越え、多様性の象徴として描かれたジョーたちは、幾度となく人間の憎悪や不寛容に直面する。
村人に家族を焼き殺された女性が復讐(ふくしゅう)する。「わたしがきょうまで生きてこられたのは、にくしみがあったからよ!」と叫ぶ女性に、ジョーは「村人全員を殺しおわったあとには……あなたの心は救われるというのか」と訴える。
連載開始当時は冷戦のまっただ中。62年にキューバ危機、65年にはベトナムで北爆が本格化した。中国は東京五輪期間中に核実験を成功させ、核保有国となった。東京五輪が「平和の祭典」として成功をおさめるのをよそに、石ノ森は争いと差別に満ちた世界の現実を描き出した。
サイボーグ009のパネルと漫画家の早瀬さん
石ノ森の晩年にアシスタントを務めた漫画家の早瀬マサトさん(54)によると、石ノ森は普段は口数が少なかった。淡々と原稿を描き終えると、無言でアシスタントに投げてよこした。早瀬さんたちは床に落ちた紙を急いで拾って乾かす作業に追われた。
ただ、作品の根幹についてだけは「作品づくりにはテーマが必要だ」と熱っぽく指導していたという。早瀬さんは「先生は(描く)技術よりも思想に重きを置き、常に未来を見ていた。それが009のような作品を生み出したのだろう」と話す。
98年に亡くなるまで、石ノ森は病室で「009を世界に発信する」と完結編の構想をノートに描き続けた。遺志は多くの創り手による数々のリメークとしても結実した。
「009の世界観が色あせないのは、50年以上前に描かれた争いや分断がいまだに世の中から消えていないから。先生はきっと、009を必要としない世の中を望んでいた」。早瀬さんは今、強く感じている。
64年には米国で人種差別を禁じる公民権法が成立し、差別撤廃を訴えたキング牧師はノーベル平和賞を受賞した。だがいま、世界で、そして日本で、分断はむしろ深まっているように見える。
「たたき出すぞ」「国に帰れ」。友人から何気なく誘われたデモに加わった横浜市の男性会社員(25)は、突然始まった罵詈(ばり)雑言にあぜんとした。
デモ開始前、主催者は「社会に埋もれた問題点を世に提起する」と強調していた。だが実際は聞くに堪えない言葉を拡声器で叫び散らすだけ。「理念的なものは一切ない。ストレスの発散にすら見えた。ただの見苦しいヘイト行為だった」
「あいつ、テロリストみたいな顔してるな」。さいたま市に住むパキスタン人男性(27)は、バイト先のコンビニで聞こえてきた客の陰口に耳を疑った。「僕が日本語が分からないと思って言っていたのだと思う。軽い気持ちで言ったのかもしれないが、母国でテロは深刻な問題。とても傷ついた」と首を振る。
「いまはまだダメだが……やがて世界に国境とか人種差別といった愚かなことはなくなる日がきっと来る」。まだ見ぬ未来では、人類は少しでも前へと進んでくれるはず。石ノ森は自身の期待を、サイボーグたちのセリフに乗せて投げ掛けた。
再び聖火が日本にやってくる2020年。石ノ森の願いは、どこまでかなうだろうか。
(石原潤氏)

2020 世界この先 人口増 重心は新興国 三井物産社長 安永竜夫氏

――2030年に向けて世界経済の潮流はどう変わるとみていますか。
「世界の人口は現在の77億人から50年には90億人を超えるとの予測もある。同時に10〜20年先の地球の気候変動リスクがいっそう高まり、低炭素社会に向かう。30年に向けて、経済成長の重心は東南アジアから南西アジア、東アフリカと移るだろう。人口ボーナス期を迎えるアジアでは経済が成長し中間層が台頭していく。こうした層は高度な医療を求め、新たなビジネスが生まれる」
「人口増のなかで、エネルギーを安定供給する必要がある。再生可能エネルギーの拡大の必要性が指摘されるが、現実的な解は石炭に比べ環境負荷が少ない天然ガスとの組み合わせだ。(温暖化対策が進む)欧州でもガスの需要はまだある。日本はかつて『環境先進国』、今は高齢化の進展などで『課題先進国』といわれる。環境・エネルギーとヘルスケアでリーダーシップを発揮することが求められている」
――アジアの成長を取り込むため、日本に欠けているものは。
「ダイバーシティー(多様性)のある組織、社会に今すぐ変える必要がある。アジアのグローバル企業では世界の現実をみて、多国籍な人材が活躍する。日本をベースに物事を考え、日本人の視点で判断していては、グローバルスタンダードに追いつけない。ラグビー日本代表では外国出身の選手も活躍した」
「日本企業も理不尽に思われてもいいからダイバーシティーの数量目標を設ける必要があるかもしれない。当社では外国人の中堅社員約40人を選抜しリーダーになるための英才教育をしている」
――日本企業のあり方も変わりそうです。
「昔のように均質な労働力で質の高い、コスト競争力のあるモノを売って勝負する時代から変わってきた。商社は日本人社員が日本相手のビジネスをする『ウィズ・ジャパン』の面が強かったが、『ウィズ・アジア』の意識をもっと高める必要がある。建設中の東京・大手町の新本社で働く社員は少なくていい。アジアに飛び出すべきだ」
――ヘルスケアを収益の柱に据えています。
「18年に10カ国で医療サービスを展開するマレーシアの病院大手IHHに約2300億円を追加出資し、筆頭株主になった。11年に初めて出資してから利益は3倍に増えた。今年6月に中国で1千億円規模の専門ファンド設立を発表した。アジアでの医療のデータビジネスも検討する。10年後にヘルスケアは立派な柱になっているはずだ」
――低炭素化の潮流で事業見直しも必要では。
「当社の保有する発電容量の比率は再生エネが16%だ。30年にこれを30%まで高め、石炭火力を置き換えていく。資産の入れ替えは常に検討している。再生エネはインドで太陽光、台湾で洋上風力を手掛けている。液化天然ガス(LNG)は生産地を広げ、グローバルに取引をしていく」
(聞き手は花房良祐氏)
やすなが・たつお1983年(昭58年)東大工卒、三井物産入社。プラント畑が長く、32歳で世界銀行に出向した経験もある。機械・輸送システム本部長を経て15年に異例の32人抜きで、歴代最年少の社長に就任。愛媛県出身。59歳。
「気候非常事態宣言」自治体で広がる 温暖化対策をアピール
異常気象に伴う水害や干ばつ、水産資源の枯渇などに危機感を抱く自治体が相次いで「気候非常事態宣言」を表明している。異常気象は地球温暖化が背景にあるとされ、持続可能な地域社会を維持する観点から、温暖化対策の必要性をアピールする狙いだ。
気候非常事態宣言は2016年にオーストラリアの地方都市で始まり、世界各国の自治体や国に広がったとされる。日本国内では、長崎県壱岐市が19年9月に宣言した。50年までに、市内で消費するエネルギー全てを化石燃料から再生可能エネルギーに転換する目標を掲げた。
同市では17年と19年に「50年に1度」とされる記録的豪雨に見舞われた。壱岐市は玄界灘に囲まれている。市の担当者は「市内の漁獲量はこの10年で半減している。気候変動が地域経済にも直結することを実感している」と説明する。風力発電施設9基を運営する鳥取県北栄町や、福岡県大木町も12月に非常事態宣言を表明している。
長野県は都道府県レベルで初めて宣言した。県内では10月の台風19号の大雨で千曲川の堤防が決壊する被害が生じた。12月の宣言で「未来を担う世代に持続可能な社会を引き継ぐことができない」と50年に県の二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにする目標を掲げた。
市町村議会では、神奈川県鎌倉市議会が同様の宣言を決議している。

「データが新たな資本に」野口悠紀雄氏

我々は手のひらにあるデジタル端末で日々連絡を取り合い、ネット通販で購入し、デジタルコンテンツを消費している。現代生活の根底をなす経済のデジタル化は資本主義のあり方をどのように変え、どんな問題をはらむのか。一橋大学の野口悠紀雄名誉教授に聞いた。
野口悠紀雄氏(のぐち・ゆきお) 63年(昭38年)東大工卒、64年大蔵省(現財務省)入省。72年エール大で博士号取得。一橋大教授、東大教授、スタンフォード大客員教授など経て11年より早大ファイナンス総合研究所顧問。79歳
「企業価値の大半はビッグデータ」
――現在の資本主義の特徴をどう捉えますか。
「もうけを生む資本そのものが変わってきた。従来は製造業における物的な施設が主な資本だった。いまや機械でも工場でも不動産でもなく、データが利益を生み出している『データ資本主義』だ」
――データ資本主義の到来は何を意味しているのでしょう。
「従来、デジタル技術は格差を解消する方向に作用すると考えられてきた。1980年代のパソコン、90年代のインターネットの登場により、零細企業や個人が大企業と同じ土俵に立てるようになると思われていた」
「だがグーグルなど『GAFA』が代表するプラットフォーム企業は無料サービスと引き換えにビッグデータを収集し、ターゲティング広告で巨額の利益を稼ぐようになっている。グーグルの親会社アルファベットやフェイスブックの企業価値の大半はビッグデータの価値が占めていると試算できる。他の企業がGAFAと同じことをやろうとしても難しく、収益力格差は固定化した」
――「新たな独占」に我々はどう向き合うべきでしょうか。
「米国におけるかつての石油業界など従来型の独占企業は価格をコントロールし、独占的な利潤を生むことが問題だった。そのため米スタンダード・オイルは独占禁止法による企業分割の対象となった。GAFA型の『新たな独占』は違う。検索など多くのサービスはそもそも無料で提供され、市場支配力があるわけでない。独禁法の想定と全く違うタイプの問題が生じている」
「もっとも、GAFAと非GAFAの利益格差そのものは重要な問題ではないと思う。自由競争の結果であるためだ。例えばいまや検索エンジンでグーグルが圧倒的な地位を占めているが、2000年ごろはたくさんの検索エンジンがあった。規制や政府援助によってグーグルが生き残った訳ではない。競争を通じて生き残ったのがグーグルだった」
「問題の本質はプライバシーへの懸念」
――それでは、問題はどこにあるのでしょう。
「データ資本主義の問題の本質はプライバシーだ。ビッグデータを元に、利用者の属性を精緻に推計できることがプライバシー侵害に当たりうる。データ漏洩の心配もあるし、属性情報が選挙活動に使われることもある」
「プライバシーを巡る懸念は、ビッグデータを集めやすい中国のプラットフォーム企業の方がより深刻だろう。その一角であるアリババ集団はキャッシュレス決済の取引データを通じて利用者属性を推計できるようになった。信用力が就職などにも使われるとさまざまな問題が生じてくる」
――欧州連合(EU)は、厳しい個人データ保護規則の一般データ保護規則(GDPR)を施行しました。
「プライバシー保護の観点では実効性のあるものにはならないだろう。例えばデータ収集に対する同意確認を厳格化したとしても、我々はいまや、検索サービスなしで仕事を進められない。いや応なしに同意せざるを得ない。我々は『トロイの木馬』を城中に招き入れてしまったので、追い出すことなどもう不可能だ。プライバシー保護という難しい問題に対する答えはまだみつかっていない」
■記者はこうみる「利益分配、求められる知恵」
 竹内弘文氏
 ビッグデータが新たな資本としてお金を生み、稼いだお金を投じてまたビッグデータを収集する。この新たな資本拡大サイクルに成功したGAFAは株式市場での存在感を高めてきた。野口氏の「データ資本主義」は、現在の経済を鮮やかに説明する。データ蓄積を通じた「独占的利潤」そのものは問題ではなく、従来型の独占禁止法での対応はなじまないという主張も一理ある。
 ただ、欧州連合(EU)の欧州委員会は、検索サービスなどの競争環境をゆがめているとしてグーグルに競争法(独占禁止法)に基づく制裁金支払いを命じてきた。米国のリベラル派にはGAFA分割論が浮上する。国境をまたぐデジタルサービスから生まれた税収をどう各国に分配していくか、という「デジタル課税」も税務当局間の協議で大きなテーマだ。
 プラットフォーム企業の存在感が一段と大きくなるなか、データが生む利益を巡って国家主権と衝突する場面は避けられない。自由競争と政策介入との間でどう最適なバランスをとるのか。新たな知恵が求められている。

「貨幣が基礎、倫理と公共性必要」岩井克人氏 逆境の資本主義

所得格差の拡大など、資本主義のもとで生まれている問題に批判の声が高まっている。この危機にどう向き合うべきか。理論研究の第一人者である国際基督教大学の岩井克人特別招聘教授は、自由放任で株主主権的な資本主義は理論的に誤りで、公共性と倫理の必要性を確認しなければならないと強調する。
岩井克人氏(いわい・かつひと) 1969年東京大学経済学部卒。72年米マサチューセッツ工科大学経済学博士。東大教授などを経て、17年4月から現職。日本学士院会員、東大名誉教授、東京財団政策研究所名誉研究員。07年紫綬褒章、16年文化功労者。不均衡動学、貨幣論、資本主義論、法人論などで知られる。
「『米英型資本主義』の理論誤り」
――資本主義の現状をどう見ていますか。
「大きな危機にあることは確かだ。1989年のベルリンの壁崩壊や91年のソ連崩壊で社会主義は全面的にではないものの没落し、資本主義一本やりになった。そこで米英型の自由放任で株主主権的な資本主義と、様々な形の規制をもちステークホルダーの利害を調整する日独型といった選択肢があった」
「当時日本はバブル崩壊に直面し、ドイツも病人と呼ばれるほどの経済状況だった。90年代は米国が未曽有の経済成長を遂げ、欧州では英国が一人勝ち状態だった。その勢いで世界は米英型資本主義に収れんするという考え方が学界やビジネス界、政界を支配した。結果、世界は金融の不安定化や所得格差の拡大、環境破壊という問題を抱えるようになった」
――米英型の資本主義だとなぜ問題が生まれるのですか。
「問題の根源は理論を間違えていることだ。資本主義は貨幣を基礎としている。モノを売ってお金を得るのは、貨幣側から考えるとモノを人に渡してお金を買っている。お金自体は紙切れや金属のかけら、電子情報などで何の役にも立たない。貨幣は純粋な投機であり、投機はバブルの生成と崩壊を起こしうる。完全に自由放任にすると必然的に不安定になる。制御する公共機関や規制がなければうまくいかない」
「所得格差は特に米英で広がっている。最大の要因は経営者が高額報酬を得ていることだ。株主利益を最大化するために、経営者も株主にすればよいということになった。経営者は会社に忠実義務を負うはずなのに、自己利益を追求する機会を与えてしまった。米国で株主至上主義に歯止めがかかり始めたのはいい傾向だが、まだ不十分だ。資本主義には倫理と公共性が必要であると確認しなければならない」
「民主主義も危機に直面している」
――民主主義も揺らいでいると言われます。
「資本主義は1人1票の民主主義に常にチェックされる。社会が硬直しないように自由の余地を残し、資本主義と民主主義がバランスすると、自由民主主義がうまくいく」
「大統領制の米国の民主主義はポピュリズムに陥る傾向がある。米国には政治資金の問題もある。法人にも献金を許すシステムを作り、本来1人1票であるべき政治に資本主義の論理を持ち込んだことが米国の民主主義を大いにゆがめた」
「中国は社会主義的要素が残ったまま資本主義をうまく取り込んだ。米国で資本主義と民主主義がともに崩れ始める一方、中国の国家資本主義は急成長している。発展途上国は中国型の民主主義をモデルにし始めている。こうした動きは資本主義の問題よりさらに大きな危機だ」
■記者はこう見る「常に可能性探る」
 岡村麻由氏
 記者(24)が生まれたのは1995年。既にバブルは崩壊し、ベルリンの壁やソ連もなかった。日本の「失われた20年」と呼ばれる時代に育ち、米国の圧倒的な経済力のもと「自由放任で株主主権的な資本主義」が台頭することに違和感は抱かなかったように思う。
08年のリーマン・ショックは金融資本主義の暴走、行き過ぎた自由放任の結果といわれる。危機は世界に波及し、父が銀行員だった記者の家庭もあおりを受けた。振り返れば資本主義のひずみを初めて肌で感じた時期だったかもしれない。
 近年、トランプ米政権の誕生や英国の欧州連合(EU)離脱など大方の予想に反する事態が起こるようになった。現状に「ノー」を突きつける大きなうねりを感じている。新しい選択が打開策なのか、現状を否定しているだけなのかは注視する必要がある。
 インタビューの終盤、岩井克人氏に「私たちが資本主義の多様性を取り戻せる可能性はあるのか」と問いかけると「取り戻さなくちゃならないと思っている」という答えが返ってきた。一記者として、常に様々な可能性を探れるように多様な視点を伝え続けたい。
    

石炭火力、消えた輸出制限 小泉氏案に縦割り行政の壁

COP25の閣僚級会合で演説する小泉環境相(11日、マドリード)=共同
15日閉幕した第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)に出席した小泉進次郎環境相は、国内外で石炭火力発電の新増設を進める日本への批判の矢面に立った。石炭火力輸出の公的支援の制限を表明できないかと考えたが、省庁の縦割り行政や国内のエネルギー事情から話をまとめられなかった。政府を代表した小泉氏は環境問題で思い通りに動けずにいる。
■「石炭祭りのようだった」
「石炭の海外輸出について何かアクションを起こせるのではないか。前向きな話ができればよかったが、調整できなかった」。小泉氏はCOP開催中の11日、海外メディアとの記者会見で悔しさをにじませた。
COP25では石炭火力がやり玉に挙がった。国連のグテレス事務総長は石炭火力の建設を「石炭中毒」と批判。石炭火力発電をやめない日本に会場内外で非政府組織(NGO)などが抗議した。閉幕後、小泉氏は「石炭祭りのようだった」と振り返った。
批判は開催前から分かっていた。小泉氏は11日の演説で「厳しい批判は承知している」と向き合う姿勢をみせたが、新しい政策を表明することはできなかった。
COP25に向けて、小泉氏は海外への石炭火力発電政府開発援助(ODA)などの公的支援を制限する意向を表明できないかと模索していた。国際NGOの調査によると、インドネシアやアフリカなどの石炭関連事業に対し、約5700億円支援している。
政府が掲げるインフラ輸出の中で石炭火力は柱の一つだ。閣議決定された国の戦略として日本企業の現地事業を援助しており、中止すればそうした企業にも影響が出る。実現すれば大きな方向転換になるはずだった。
開催直前まで環境省は経済産業省と協議を重ねた。「首相の国会答弁でも輸出すると話している」「新興国や途上国などに需要がある」。経産省は反対し取り合わなかった。石炭輸出案件を持つ企業を抱える経団連も反対に回った。梶山弘志経産相は3日の記者会見で「石炭、化石燃料の発電所の選択肢は残す」とくぎを刺した。結局調整できずCOPを迎えた。
■権限は経産省に
小泉氏の思いがかなわないのは、そもそも輸出制限の方針変更は環境省の権限ではできないからだ。石炭火力の許認可権限は経産省が持つ。インフラ輸出戦略も外務省などが中心だ。小泉氏は気候変動対策を対外的に代表する立場だが、国内では縦割り行政で身動きがとれないのが現状だ。
環境省と経産省のこうした関係はいつものことだ。環境省は11年の東京電力福島第1原発事故以降、排出削減の観点から石炭火力の新増設が増え続けることに異議を唱えてきた。石炭火力への環境アセスでも懸念を伝え続けたが、電力会社などを所管する経産省の牙城を崩せず、エネルギー政策で存在感を示せない。
政府は30年時点の電源構成で、石炭火力を原子力、再生可能エネルギーと同程度の2割としている。だが原発事故後、国内のほとんどの原発が停止。地元同意が得にくく再稼働は進まない。
国内の需給を石炭に頼らなければならない事情もある。原発の安全対策費の高騰にも苦しむ電力各社は、その代替として安価な石炭火力発電の新増設をしてきた。小泉氏も「石炭ゼロは現時点では難しい」と認める。
先進国で石炭火力をやめる動きは相次ぐ。欧州ではフランスが21年まで、英国が25年まで、ドイツも38年までの全廃を掲げる。カナダも30年までに原則閉鎖する方針だ。
世界の環境政策に詳しい東京大学の高村ゆかり教授は「日本は先進国だが、石炭火力の新増設や輸出計画があるのは他国から見て異様に思われている」と指摘する。
地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」は20年から運用が始まる。産業革命前からの気温上昇を2度よりも低くする目標を掲げるが、現状では各国の削減目標を足し合わせても気温は3度以上上昇する。
削減の機運が高まる中、脱炭素で日本が世界にどのように貢献するのか。日本のエネルギー政策が問われている。
(塙和也氏、安倍大資氏、竹内宏介氏)