虐待の痕を見逃さない、法医学者らがチームでけが診断

虐待を見逃さず子どもたちの命を守りたい――。遺体を解剖する法医学者が生きている人の傷の原因を調べる「臨床法医学」が虐待の可能性を判断するのに役立っている。親が虐待を否定しても子どもの体の傷とは矛盾が生じる。千葉大医学部付属病院(千葉市)では児童相談所と連携し、法医学者らが子どもの傷を専門的に鑑定し医学的所見を示す取り組みを進めている。
千葉大医学部付属病院の小児科は2018年、国内の大学病院として初めて「臨床法医外来」を開設した。同外来は児相の依頼を受けた場合、体に傷やあざなどがある子どもを診察して児相に意見書を提出する。
同外来には小児科医のほか、法医学者、コンピューター断層撮影装置(CT)画像を分析する法医画像診断医、虫歯の状況から育児放棄(ネグレクト)を調べる法歯科医らが加わっている。
児相が一時保護した子どもは被害の目撃情報がなかったり、本人が被害状況を正確に伝えられなかったりして、けがが親の虐待によるものなのか判別が難しいケースが多い。同外来では組織横断的なチームが多角的に診察し、虐待の可能性を判断している。
「親が『水ぼうそう』と説明した水ぶくれは『やけど』だった」「子どもの皮膚に残る2本の線状のあざは棒でぶたれた可能性を示す『二重条痕』だった」。法医学者は遺体から学んだ鑑定技術を、臨床法医外来に来た子どもの傷の原因を調べるのに生かす。
同外来に協力する千葉大付属法医学教育研究センターの猪口剛准教授は「一般的な臨床の診察では意識しない所見でも、法医学的な見地から評価すれば、虐待を疑わせる痕跡が見つかる場合がある」と指摘する。
同外来が所見をまとめて児相に提出した意見書は18年に23件、19年は半年だけで30件超に上る。担当者らが意見を出し合い、虐待の疑いがあると判断すれば「身体的虐待を念頭においた対応が望ましい」と記す。
児相がけがをした子どもを一時保護しても、虐待を認める親は少なく、けがの状態と親の説明が食い違う。児相で35年の勤務経験があるNPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は「虐待によるけがの疑いがあっても、親から『転んだ』『何もしていない』と説明されれば覆すのは難しい」と指摘。親の否認に対して法医学者らによる医学的証拠を示すことが重要だと強調する。
課題は虐待を受けた子どもが臨床法医外来を訪れるまでにかかる時間だ。多くは別の病院などで既に治療を受けている。時間がたつと、傷やあざが回復し客観的な証拠が消えてしまう。猪口准教授は「緊急性が高い事案でも受診先や児相で傷の写真をなるべく早く撮影し、記録を残すよう助言している」と話す。
もう一つの課題は法医学者の不足だ。日本法医学会の認定医は約140人と少なく、外来を担当できるのは一握り。法医学者が少ない地方では遺体の司法解剖だけで手いっぱいという。
千葉大付属法医学教育研究センターの岩瀬博太郎教授によると、児童虐待を巡る診察に法医学者が参加するのは欧州各国では一般的だ。岩瀬教授は「法医の目や知識は犯罪の被害者を減らすことにも生かせる。実績を重ね、他の地域にも広げられるようにモデルを示したい」と話している。
死亡児童、15年間で1108人
警察庁の統計によると、2018年までの15年間に虐待で死亡した児童は1108人に上る。虐待を疑われるけがが見過ごされたケースもあり、大阪市では2011年、乳児の1カ月健診で腕や脚が骨折していたのに医師が児童相談所に通告せず、乳児が死亡する事件が起きた。
児童虐待の疑いがあるとして、児相が対応した件数は2018年度に15万9850件(前年度比19.5%)となり、28年連続で増えた。児相が一時保護する事案も増え、2017年度は1万3152件(同596件増)あった。
児相への通告件数が増えていることについて、警察庁の担当者は「虐待への社会的関心の高まりで、通報する人が増えている」と分析。その結果、早い段階で虐待を食い止められたケースがあるとみている。

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