給食から消えた和食 子どもの舌を取り戻せ

「昆布とかつお節を一緒に口に含んでごらん」
料理研究家の柳原尚之(40)が話しかけると、教室がしんと静まりかえった。少しすると、子どもたちがざわめき始めた。
「あ、おいしい」「いい香りだ!」
■小学校で和食を伝える
江戸時代に興り、和食を伝える「近茶流」の継承者である柳原は今、小学校の教壇に立つ。10月半ばのこの日は、東京都千代田区にある私立雙葉小学校を訪れた。担当したのは「味覚の授業」。今年で9回目となる食育活動で、全国の学校を料理人や料理研究家が訪れ、子どもたちに食文化を伝える取り組みだ。
授業が終わると、教壇には柳原を囲む子どもたちの輪が自然にできた。
「かつお節って木みたいに堅いよ」
「削り器ってこうなってるんだ」
一昔前の人なら当たり前のことにも子どもたちは驚く。多くの子どもにとっては、初めて見るものだからだ。
■人気ランキングでは急落
和食が好きと答える人は半分以下で、1998年には好きな料理で7位にいた「野菜の煮物」は24位。博報堂生活総合研究所による2018年の調査は、日本人の和食離れを映している。主席研究員の夏山明美は背景に、共働き世帯の増加があると見る。
夫婦がともに会社に通い、帰りが遅くなる家庭は多い。平日には夕食を準備する時間がなかなかとれず、スーパーやコンビニエンスストアの総菜を使ったり、宅配でピザや中華料理を頼んだりして食卓を囲む「中食」が活況だ。
季節ごとに旬の素材を使い、主食と主菜、副菜などをそろえる和食が栄養のバランスで優れている面はある。しかし日本人の働き方がかわり、食習慣そのものが和食から離れる傾向にある。
「先生が好きな食べ物ってなんですか」。小学生たちにそう聞かれた柳原は「季節の旬のものを食べるのが一番かな」と答えた。これが最も難しいという現実が、子どもたちを和食から遠ざけているのだ。
それでもまだ、日本の家庭には炊飯器があり、多くの人は家でご飯を炊く。「小さい時に食べたものは大人になっても食べたくなる。子どもの時にちゃんと和食の味を知ってほしい」と柳原は言う。
■和食が見当たらない
和食の人気を取り戻すため、子どもをつかむ。だが、子どもたちが頻繁に外食をするわけではない。子どもたちがいて、ご飯を食べているのはどこか。
学校だ。給食だ。
パン、ミネストローネ、ジャンバラヤ、チキンピラフ……。西居豊(36)は給食のメニューを手にして驚いた。和食がない。隣から聞こえた栄養教諭らのつぶやきは、今の子どもたちの舌の現実を端的に表していた。
「白いご飯は食べ残しが多いんですよ」
合同会社五穀豊穣で代表を務める西居は、築地で食材の仲卸を手掛けていた。11年、訪れた都内の小学校の給食に、伝統的な和食はほとんどなかった。
■ぜひ送ってほしい
「日本の食文化が廃れてしまう」。東京・恵比寿にある和食料理店「賛否両論」を営む笠原将弘(47)に相談したら、秋シャケなど季節の素材を生かした給食の献立を作ってくれた。
学校に送ると好評で、近くの学校からも「ぜひ送ってほしい」との声が寄せられた。子どもに給食をたくさん食べてほしい栄養教諭も、和食ではどうすればいいのか分からなかったのだ。ここから、子どもたちに和食を伝える草の根の取り組みが始まった。
■無形文化遺産で浮き彫りに
これに注目したのが農林水産省だ。2013年12月、和食にユネスコ無形文化遺産への登録が決まったことは、次の世代に和食の魅力を伝えていくことの難しさをかえって浮き彫りにしていた。
大人になってからでは遅い。まず子どもたちに和食の魅力を知ってもらう。2014年度から「和食給食」を国の政策として取り入れ、西居が事務局長となった「和食給食応援団」が主体となる活動を3年間支援した。
今は三井製糖やフジッコ、塩事業センターなどの食品メーカー、JA全中などが協力企業となり事業が続く。年に100回ほど、全国の学校に和食の料理人が出向き、子ども向けの授業を開いたり、給食を作る栄養教諭向けの講習会を実施したりする。
■食文化も学べる
学校に特に力を入れてもらっているのが、だしの取り方だ。1食250円の制約がある給食では、食材をぜいたくに使うことはできない。うま味を出すために、昆布やかつお節をぐつぐつと煮立て、しっかり絞りきってもらう。料理人が紡いできた和食のノウハウを伝える。
東京都目黒区の五本木小学校は2016年度から和食給食に取り組んでいる。サトイモとイカの煮物や小松菜のからしあえ、芋ようかんやゆでぐりなど、週に4〜5回は和食が並ぶ。食べ残しは4年生以降の高学年では特に目立たないという。栄養教諭の松本恭子は「食事から日本の食文化を学べる。社会科とも連携でき、食と知識が一体的に身についている効果」と感じる。
■もち麦を給食に
神戸市に本社がある煮豆・つくだ煮メーカーのマルヤナギ小倉屋も、若者に目を付けた。
「豆や雑穀なら食物繊維をたくさんとれますよ」
「だしを上手に使えば塩分や糖分、油脂を抑えられますよ」
管理栄養士の資格を持つ社員たちが地元の高校や専門学校に出向き、和食の良さを伝える。
「食育型カンパニー」を掲げる同社で副社長の柳本勇治は伝統食材の一つ、「もち麦」に力を入れる。2017年秋に兵庫県加東市で地元JAと組んで試験栽培を始め、2019年春には約70トンを収穫した。
全量を買い取るマルヤナギが蒸しもち麦に加工し、加東市内の小中学校の給食に納める。「おいしくて体にいい伝統食材を守りたい」。食品メーカーを経営する立場にある柳本の視線が子どもたちに向くのも、このままでは健康に良いはずの和食が廃れていくのを止められない、と感じているからだ。
■伝える人はいるか
和食は高級料亭や割烹(かっぽう)だけではなく、それぞれの家族で家庭料理として受け継がれてきた。だが、農水省の食育に関する意識調査によると、「地域や家庭で受け継がれてきた伝統的な料理を継承し伝えている」と考えている人は半分にとどまる。
「親も子どもも和食を知らないままでは、コメを作る人も器を作る人も廃れてしまう」。長く和食給食に携わってきた笠原は危機感を募らせる。将来の消費者となる子どもたちに選ばれる料理にならなければ、和食の未来は開けない。
(松尾洋平氏、小嶋誠治氏)

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