知的障害に「問題行動」ない ずぶぬれも音立ても肯定

知的障がい あるがままに(3)
重度の知的障害がある息子に生活の場をつくりたいと、NPO法人のクリエイティブサポートレッツ(浜松市)を立ち上げた久保田翠・理事長(57)。半生をたどる連載の第3回では「問題行動」といわれる行為について、その意味を問う。
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 アートか福祉かの板挟みを脱する転機となったのが、2008年に始めた「たけし文化センター」というイベント空間だ。アートとは到底呼べなくても、知的障害のある子どもたちに好きなことを自由にしてもらう。そこにこそ創造性があると考えた。
息子の壮(たけし)は全介助といわれる最重度の知的障害者で、食事も着替えも満足にできません。障害者によるアート活動を展開してきましたが、壮のように絵も描けない人はダメなのかという疑問がわきました。
壮はプラスチック製の容器に石を入れて、一日中ガチャガチャと音を出し続けます。小学1年生から高校3年生まで特別支援学校に通っていたとき、トイレや着替えの訓練を受けましたが、何も達成できませんでした。その間、唯一手放さなかったのが、この石遊びです。
通常なら問題行動とされる石遊びを、私は取り上げることはできませんでした。なぜなら、それこそが彼の最も大切にしていることであり、彼の人格を最も表している行為だからです。たけし文化センターでは、こうした取るに足らない行為も本人の「表現」と捉え、壮個人を全肯定する試みでした。
 たけし文化センターでは障害の有無にかかわらず、誰もが共存できる空間を目指した。
なかには水が大好きで、いつもビシャビシャのぬれネズミの子もいます。大雨が降ったら喜んで外に出て行きます。お母さんもやめさせたいけれど、やめない。じゃあ逆に、一体どこが問題で、誰が彼の行動をやめさせたいのか考えると、実は何が問題なのか分からない。誰もやめさせたいとは思っていない。
だったら着替えをたくさん持ってきて、水浴びをしたらすぐに着替えさせる。そうすれば彼の問題行動は問題行動でなくなるのです。
壮や子どもたちを自由にさせると、テーブルの上のものがなぎ払われることがあります。何度言っても聞きません。逆転の発想で、手の届かないところにものを置くことにしました。テーブルや椅子の脚を壮らの身長より高くすれば、皆が同じ空間にいることができます。いっそのことカフェにしていろんな人を呼ぼうと考えて、「高所カフェ」を開催しました。
子どもと一緒に散歩するワークショップを開いたこともあります。10メートルほどの道を20分も30分もかけて歩きます。ほとんど動かないときもあれば、何かをじーっと見つめていることもあります。奇妙な散歩ですが、参加した人は「こんなに道をゆっくり歩いたことはなかった」と感動します。
人は「あれができる」「これができない」といった能力で判断されがちです。障害者は時として「この人は自閉症です」とか「こういう特徴があり、こんな問題があります」と語られます。しかし、その人の存在を全肯定することから始めれば、既存の価値観に対する様々な問いが生まれ、社会を揺さぶることができると思いました。
(安芸悟)

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