月別アーカイブ: 2019年10月

外堀埋まり勝算見えず 五輪マラソン、都知事の抵抗

2020年東京五輪のマラソン・競歩は札幌で――。国際オリンピック委員会(IOC)が唐突に発表した計画に対し、東京都の小池百合子知事が抵抗を続けている。IOCは「決定済み」と聞く耳を持たず、国や大会組織委員会は既に受け入れの姿勢を示している。蚊帳の外に置かれ、外堀を埋められた小池知事の状況は厳しい。
25日、小池知事はIOCのジョン・コーツ調整委員長を都庁7階の応接室に笑顔で招き入れた。小池知事が「IOCの発表には大変驚いています」と切り出すと、コーツ氏は待ち構えていたかのように畳みかけた。「札幌への変更は(IOC)理事会で決定したこと」「選手が倒れると、東京のイメージが悪くなる」
小池知事はこれまで重ねてきた暑さ対策を訴え、マラソンのスタート時間を午前6時から前倒しする考えも示して食い下がる。だが、コーツ氏は「暗くて中継のヘリコプターを飛ばせない」「観客もいないなかで走らせるのはかわいそう」などとはねつけた。
発端は9月下旬、中東カタールのドーハで開かれた陸上の世界選手権の女子マラソンだった。暑さ対策で真夜中の午前0時ごろスタートしたが、気温は32度。ランナーの4割がゴールできずに途中棄権した。車いすで運ばれる選手などの映像が世界中に流れ、主催者の国際陸上競技連盟は大きな批判を浴びた。
万一、東京五輪で同じような事態を招けばIOCが批判の矢面に立つ。深刻に受け止めたIOCのトーマス・バッハ会長は組織委の森喜朗会長に「暑さ対策に責任を取れるのか」と繰り返し迫り、押し切った。
組織委は遅くとも10月8日ごろには会場変更の受け入れを固めたとみられ、10日に予定された五輪観戦チケット第2次抽選に関する記者会見は8日夜になって「関係者との調整がつかなかった」との理由で延期された。
大会関係者などによると、森会長は9日夕、自民党東京都連の総務会長を務める萩生田光一文部科学相と共に官邸を訪ね、安倍晋三首相に説明をした。同日、北海道出身の橋本聖子五輪相にも伝えたという。10日までに秋元克広札幌市長も情報を得ていたもようだ。
ところが、小池知事に伝わったのはIOCが会場変更の計画を公表する前日、10月15日のことだった。都幹部は「IOCは都と事前に協議すると話がもつれて決定が遅れると考えたのではないか」とみる。
小池知事は就任直後の16年、大会費用の見直しを理由にボート・カヌーなどの会場変更を提案。IOCと組織委は寝耳に水で、会場建設や費用負担の議論が数カ月遅れた経緯がある。都議の中には「開催都市の知事なのにIOCとのパイプを作れていない」との批判もある。
16日のIOCの発表を受け、森会長は17日に「受け入れざるを得ない」と発言。橋本五輪相も同日「決められた方向で成功に向け全力を尽くす」と会場変更に前向きな姿勢を示した。
収まらない小池知事はテレビ出演を繰り返し、東京での開催を主張し続けた。暑さ対策など、これまでの準備が無駄になるだけではない。都市内を巡り、チケットがなくても沿道で観戦できるマラソンは五輪の花形競技。皇居前や浅草、東京タワーを巡るコースの自治体や地域団体は、関連イベントを企画するなどして期待を高めていた。
30日から都内で始まったIOC調整委員会会議には、IOCのコーツ氏、組織委の森会長、政府の橋本五輪相、小池知事らが顔をそろえた。小池知事は会場変更への抵抗を続けており、3日間の会議で受け入れに至るかどうかは不透明だ。
ただ、五輪の競技会場の決定権はIOCにある。五輪開幕まで9カ月を切り、札幌に会場を移すのであれば早急に準備を進める必要がある。「小池知事としては簡単に旗を降ろせないだろうが、札幌開催が覆ることはあり得ない」と、政府関係者は話している。
(筒井恒、鬼頭めぐみ)

怒る親見たら「ガッシャン」 あなたもできる虐待予防

電車内や路上、人の集まるイベントなどで、親に怒られて泣いている子を見かけたら、あなたはどうしますか? 声を掛けてあげたい、断られたらどうしよう……。いろんな思いが駆け巡った末に、行動を起こせない人も多いのではないでしょうか。子どもにほほ笑みかけるくらいしかできなかった、という経験談も多く聞きます。
「周りには大勢の人がいるのに、誰も助けてくれない」。そんな母親の孤独感を和らげることこそ、虐待を防ぐ第一歩です。子育てアドバイザーで、多くの子育て支援団体の役員を務める高祖常子さんと、虐待予防に取り組む団体「ママリングス」代表の落合香代子さんに、どんな行動を起こせるのかを聞いてみました。
■顔を向けただけで「にらまれた」と思い込んでしまうことも
・まず「私は怒ってないよ」とスマイルでママにアピール
・誰でもできる「ガッシャン!」で親を冷静に
・簡単だけど効く「パクパク」と「グーパーグーパー」
・「シール・折り紙・風船」をバッグに常備
「ほほ笑むことも、助けになるんですよ」と話す高祖さん。「切羽詰まった母親は、周りの人が泣き声のする方へ無意識に顔を向けただけで『にらまれた』と思い込んでしまうことがあります。ほほ笑みを向ければ、少なくとも親子に否定的な感情を持っていないことを示せます」
怒鳴っている親を見かけた時、誰でもできる簡単なアクションがあるといいます。少し距離が離れていたり、電車内でかばんを抱えて座っていたりしても大丈夫。それは「大きな音を立てる」ことです。「持っているかばんや本をわざとバサッと落とす、『ガッシャン!』とコップの水をちょっとこぼして『わあ!いけない!』と慌てる、大きい声で話すのもいいかもしれません。意識をこちらに向けて、逆上している親が、ふと我に返るきっかけを作るのです」
もちろん、親が気付かない可能性もあります。しかし直接親子に働きかける必要がない分、気楽に試せる方法でしょう。
もう一歩踏み込む場合、親より子どものほうがアプローチしやすい、と高祖さんは言います。「子どもの目の前で、親指と他の四本指をパクパク開閉したり、グーパーグーパーしながら手のひらを左右に動かしたりするだけでも、結構注目してもらえます。『いないいないばあ』でもいいですね。泣いている子が『何?』と気分を切り替えてくれたら成功です」
また、落合さんはつい最近、「シール作戦」を実行したそうです。江東区内のショッピングセンターでのこと。人ごみの中、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、上の子どもを連れて歩こうとしたけれどその子がなかなか進まず、腕をつかんで振り回す形になりました。わっと泣き出した子どもに落合さんは駆け寄り、「大丈夫? 泣いちゃったね〜。これあげるよ〜」と、バッグからシールを取り出して渡しました。
「子どもはしゃくりあげながらも『ありがとう』と言ってくれました。ママからもお礼を言われたので『大変ねえ、今日暑いからねえ』と話し掛けると『そうなんです。疲れちゃって……』と答えてくれました。思いを吐きだしたことで、ママも少しは気分転換になったみたいでした」
落合さんによると、「泣いちゃったね」と子どもの状態をあえて口に出すことも、その行動を認め、受け入れているというシグナルになり、親子の安心につながるといいます。
高祖さん、落合さんともに、シールや折り紙、風船などをカバンに入れて、持ち歩いています。「あめなどのお菓子は、アレルギーの心配や、親が虫歯を気にする可能性があり、渡すのをためらわれます。シールや風船ならそういう心配はないですし、子どもの関心が移って泣きやむことがあります」(落合さん)
ただ、つかんだ物を何でも口に入れてしまう月齢の乳児に、この手は使えません。江東子育てネットワークはこのほど「こうとうおせっかいシール」を作りました。キャラクターのシールとともに、同ネットワークや虐待防止関連のウェブサイトのQRコードなどが記載されています。「情報提供だけでなく、子どもが泣きやむ道具としても使ってもらえればと思い、あえてシールという体裁にしました」と、落合さんは解説します。
■親の孤立が虐待を生むことも 声掛けで「気にかけている」と伝えて
●親にアプローチするなら
・親へは「共感型」の言葉を
・帰宅後、子ども虐待のリスクも……無理は禁物
・一度断られてもめげないで
親にアプローチするのは、有効であるものの、ハードルが高くもあります。親自身に直接、語り掛けることで「周りの人はあなたを見ている、支えている」というメッセージをはっきり伝えられる半面、掛ける言葉によっては、怒りの火に油を注いだり、より落ち込ませたりするリスクもあるためです。
高祖さんは話します。「親に対しては『ぐずられると大変ですよね』『蒸し暑いと、ご機嫌悪かったりしますよね』といった、共感型の言葉掛けをしてみましょう。『もう夕方だから、赤ちゃん眠いのかな?』など、季節や状況に応じて、泣く理由をそれとなく『問いかけ』の形で言ってみてもいい。親は情報を得ることで、『私が悪いのではなく、夕方だからぐずっているのかも』と、気持ちが和らぎます」
ただ、2人とも「無理はしないで」と口をそろえます。虐待サバイバーからは「周囲から声を掛けられると、帰宅後に母親がいつも以上に荒れた。声を掛けないでほしかった」といった意見も出されていると、落合さんは指摘します。「親が『私の立場を悪くした』『あんたのせいで私が怒られた』とさらに激高し、子どもを虐待するかもしれません。親への言葉掛けはリスクもあることを、心に留める必要があります」
特に、「もう(叱るのを)やめなさい」「周りに迷惑でしょう」「暑い日に子どもを連れ出しちゃだめよ」など、親をとがめるような言葉は禁物です。ただ、高祖さんは「声を掛けて断られても、『私が間違っていたのだろうか』と深刻に捉える必要はない」と強調します。
「例えば、駅の階段で母親がベビーカーを抱え、子どもがぐずって階段を上らない場面に遭遇し、『お手伝いしましょうか?』と声を掛けて断られたとします。親はその時、自分で対応できると思ったのかもしれないし、びっくりしてつい断ってしまったのかもしれない。この親子は今回は助けが不要だったのだなと割り切り、その後も困っていそうな親子には声を掛ければいいのです」
落合さんには、駅で子どもをひどく怒る親を見かけて「大丈夫ですか?」と尋ねたら、すっと離れて行かれた経験があるといいます。しかし落合さんは「親に暴言や暴力がある時は、その行為を止めるのを優先すべきだと思います。親への配慮も大事ですが、子どもの安心、安全が脅かされた時は、見過ごさないことが重要です」と話します。
「周囲にいる10人のうち9人は、心の底では親を助けてあげたいと思っていても、勇気や時間がなくて行動できないのでしょう。しかしその結果、親のほうは『子どもはわんわん泣いていて、私も困っている。周りにはこんなに多くの人がいるのに、誰も手を差し伸べてくれない。私は孤独だ』と考えてしまうこともあります」。高祖さんはこう指摘した上で、次のように話します。
「親の孤独感や孤立は、不安やいら立ちを増幅し、虐待へとエスカレートする可能性もあります。多くの人たちに声を掛けてもらったり、子どもをあやしてもらったりすることで、ホッとして心の余裕が生まれる。たとえその時は申し出を断っても、助けてくれる人は存在する、と思うだけで、孤独感は和らぐのではないでしょうか」
高祖常子
児童虐待防止全国ネットワーク理事。子育てアドバイザー。NPO法人ファザーリング・ジャパン理事、NPO法人タイガーマスク基金理事など多数の子育て支援団体の役員を務め、保育士や幼稚園教諭の資格も持つ。著書に『イラストでよくわかる感情的にならない子育て』(かんき出版)、3児の母。
落合香代子
ママリングス代表、江東子育てネットワーク共同代表。体罰のない子育てを推進する「ポジティブ・ディシプリン コミュニティ」理事。看護師。子育て訪問支援、産婦人科外来勤務、行政の子育て養育支援事業などに携わる。2016年から江東区と協働で、虐待予防、啓発を目的としたイベント「こうとう子育てメッセ」を企画・運営。2児の母。
(取材・文 有馬知子氏)

難民保護「最後は一瞬の勘」 緒方貞子さん、貫いた現場主義

難民保護はちょっとした判断の誤りで多くの人命を失う。どうやって決断するのか。日本で最も著名な国際人の答えに少し驚いた。「最後の決断は一瞬のカンです」。
2001年冬、緒方貞子さんに本紙の正月特集で話を聞いた。小泉純一郎首相がアフガニスタン担当の首相特別代表に招いた間もないころだ。
当時74歳。激動の人生のハイライトを迎えたのは60歳を過ぎてからだ。
国連難民高等弁務官に63歳で就任すると、身長150センチメートルの小柄な体に重さ15キログラムの特製防弾チョッキを着て、サラエボの紛争地帯を飛び回った。政策決定論を専門とする学者らしからぬ見極めはひたすら現場を歩き、人の話を聞くことで培われた。
ときには国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)内部から反対論が噴出しても、難民の救済・保護につながるとみていったん決断すればテコでも動かない。言葉の端々から使命感が伝わってきた。
「計り知れぬエネルギー、人道上の被害者に対する妥協なき専心、そして現場主義の熱意」。UNHCRの当時の部下は、緒方さんの資質をこう振り返った。
緒方さんを支えた理念として現場主義とともに知られるのが「人間の安全保障」だ。従来の「国家安全保障」に対し、誰一人取り残さない社会を実現するため、一人ひとりに目を向け、保護と安全強化に焦点をあてるという考え方。日本外交の柱として緒方さんが実践し、2001年、世界的な有識者をメンバーとする人間の安全保障委員会が設立された。
リアリストでもあった。資金を集め、難民の命を守るためには「政治と交渉する」し、「戦争時には軍とも協力する」。「オガタ・サダコ」は海外で先に評価が高まった。英エコノミスト誌は「ラストリゾート(最後の頼み)の女性」とたたえた。
普段は物静かで無駄口はきかない。最後はさも当たり前のように決断する。ライフスタイルは常に”挑戦”だった。それでいて淡々と、自然体を貫いたのも緒方さんだ。
上智大で教べんをとっていたころ、女子学生からしばしば女性が社会進出する不利をどう克服するか、と聞かれた。答えは「女性と男性はサイクルが違うだけ」。確かに女性は社会のキャリアを重ねるうえではハンディがあるかもしれない。だが「男性と同じサイクルを歩まなくても出産し、子育てするのも幸せであり、喜びです」。
緒方竹虎元副総理の息子で日銀出身の夫、四十郎さんと結婚したのは33歳のとき。熱烈な恋愛結婚だった。2人の子供の育児や母親の介護もこなしがら学界、そして外交界へとデビューした。家庭生活にとられた時間を猛烈な勉強で取り戻した。
1932年の5月15日、曽祖父の犬養毅首相が軍の銃弾に倒れた首相官邸(当時)に初めて足を踏みいれたとき「ちょっと嫌な感じ」がしたという。時の芳沢謙吉外相は祖父。まだ4歳で、外交官の父に連れられ米国にいた緒方さんに事件の記憶はなかったが、祖母からよく当時の政治状況を聞かされて育った。
博士号の論文は「満州事変と政策の形成過程――日本は自己を破滅に導くような膨張政策をなぜとらなければならなかったのか」。外交の孤立で自縄自縛に陥り、軍部の台頭に政治が翻弄された時代。政治家と外交官の血をうけた緒方さんの原点でもあった。
「緒方外相」を1度見てみたかった気がする。2度の外相の打診を断った。2002年、小泉政権から日本外交の再建を期待された2度目の打診のさなかにニューヨークで夫が倒れた。本来はやる気があったのではないですか。5年前、本人にぶつけてみた。「自分はもともと学者であり、閣僚のような仕事には向かないと考えていました」。自然体は最後まで変わらなかった。
緒方貞子氏「ODA超えた貢献を」(これからの世界)国際協力機構特別フェロー 2015/8/13
――ご自身が17歳のとき、敗戦を迎えました。それから70年、日本外交をどう振り返りますか。
「日本外交はもう少し、国際的な広い視野に立って進めるべきだった。日米関係はもちろん基軸だが、米国は自分の世界戦略で動く。1970年代初めに突然、中国に接近したのも、対ソ戦略だった。日本は世界を見渡すというより、対米や対中など二国間の視点で考え、米国の動きを追いかけがちだ」
――その中国との関係でも日本は戦後、試行錯誤を繰り返してきました。領土や歴史問題の対立が深まり、関係は一向に安定しません。
「経済的には中国との協力なしにはやっていけない。そのことは政府より、むしろ経済界がよく分かっている。日本側の一部の層に安易なナショナリズムがある一方、中国側の一部にも傲慢な傾向がみられる。どうすればよいか、答えは簡単に見つからない。だが、日米関係を強めれば、日中関係も安定するというほど状況は単純ではない」
■和平仲介で外交力示せ
――日本は長年、経済援助を外交の柱にしてきましたが、世界一だった政府開発援助(ODA)の規模は大きく減りました。どこに外交力を求めるべきでしょう。
「かつて貧しかった国々が豊かになった分、宗教やイデオロギーの対立が吹き出し、国同士の衝突もふえている。中東やアフリカがそうだ。ODAの額を再び大きく増やすだけでは日本の国際貢献は足りない」
――安倍政権は自衛隊の海外での活動を広げようとしています。国会で安全保障関連法案が審議中ですが、国際貢献のあり方をどう考えますか。
「軍事力を使って、他国の紛争に介入することはやるべきではないし、やれることでもない。日本にそんな人的な資源があるとも思えない。ただ、海外の紛争地で人々を守ってあげるという、警察的な役割は大切だ。自衛隊が海外で治安維持の活動を展開することもひとつの方法だと思う」
――治安維持のため、自衛隊が海外での活動を増やすなら賛成だ、と。
「国際的に期待される治安維持の役割があるときには、自衛隊も出ていけばよい。その大前提は、必要な訓練がきちんとされていて、国際的な活動の一部として出て行くことだ。ただ、それを国際貢献の看板とするには無理がある。自衛隊を出すにしても物理的な限界がある。日本はもっと紛争国間の調停に入り、和平を仲介する役割をめざすべきだ。それには国際政治をよく理解し、交渉力がある人材を育てなければならない」
■世界に役立つ見取り図を
――世論調査では安全保障関連法案への反対が多いです。押し切ってでも、成立させるべきだと思いますか。
「法案によって何ができるようになるのか、どのように世界に役立てるのか。その見取り図を、政府がもっとしっかり、出せるようにならなければならない。そこをはっきりさせないと、世論の理解は得られない。以前私は、日本だけが『繁栄の孤島』となることはできないと言ったことがあるが、日本人だけが危ないところに行かず、自分たちだけの幸せを守っていけるような時代は、もう終わった」
――戦前、5.15事件で軍部に射殺された犬養毅首相(当時)は、ご自身の曽祖父ですね。
「5.15事件で曽祖父が殺されたときの家じゅうの衝撃は、まだよく覚えている。後年、私自身、外務省関係の仕事で最初に旧首相官邸に入ったとき、ここで犬養が殺されたのだと思うと、異様な感じがした。『軍部は悪い』という話を、私は聞かされて育った。そういう考え方は、いまも染みついている。だから、国際関係を勉強したのでしょう」
(聞き手は編集委員 秋田浩之氏)

育休促進、膨らむ雇用保険

年5000億円、今年度失業給付超えも 労使負担に疑問の声
政府は国家公務員の男性職員に原則1カ月以上の育児休業の取得を促す方針だ。民間企業にも波及させて、育休の取得率を高める狙いだが、休業中の賃金の補填が課題だ。現行制度は雇用保険を使って給付する仕組みで、給付額は年5千億円を超す。2019年度には失業者を対象にした給付を上回る見通し。給付が増え続ければ、企業と労働者が負担する雇用保険料を上げざるを得ない。政府が重要政策に掲げる少子化対策の費用を労使が担い続けることに異論も出始めた。
労働者は法律に基づき、育児休業を最長2年まで取得できる。最初の半年間は休業する前の賃金の67%分、その後は50%分を雇用保険から給付して休業中の賃金を補填する。父母ともに使える。
実は日本の育休制度は国際的に最も充実している。国連児童基金(ユニセフ)によると、給与と同等額をもらえる男性の育児休業の期間が先進41カ国で最も長い。
一方、民間企業の取得率は2018年度で6.16%にとどまる。政府は2020年までに13%の目標を掲げるが、開きは大きい。内閣府の調査では「周囲が忙しすぎて言い出せる雰囲気ではない」との回答が49.4%で最多だ。「その後のキャリアに悪影響が出るおそれがある」という回答も35.5%と多かった。
政府は男性国家公務員が育休取得をしても不利にならない制度にする方針だ。少子化対策白書によると、子どものいない既婚男性の約6割は育休を取得する意向がある。キャリアへの悪影響が出ないとなれば、男性の育休取得は増えそうだ。
ただ、雇用保険制度からみると、男性の育休増は財政悪化要因となる。
厚生労働省によると、18年度の育児休業給付は5312億円。前年度に比べ11%増えた。毎年10%前後伸びている。一方、失業給付の「基本手当」は5473億円で1%増にとどまった。2019年度には育児休業給付が上回る公算が大きい。出産で退職する女性は減り、育児休業の取得が増えているためだ。男性の取得が増えていけば、雇用保険の支出はさらに膨らむ。
労使で負担する雇用保険料率は現在、0.6%と過去最低の水準にある。景気の回復で失業給付が減り、2017年度から3年限りの特例措置として引き下げた。消費増税後に実質所得が目減りしないよう2020年度も0.6%を維持するが、育児休業給付の増加から2022年度には引き上げる見通しだ。
労使の代表らで構成する労働政策審議会(厚労相の諮問機関)が29日開いた雇用保険部会では、育児休業給付の負担のあり方を見直す声が委員から上がった。
労働側の委員は「将来的に雇用保険で(育休給付を)負担し続けていくのが適正なのか。一般財源を確保し十分な財源を投じていくことが必要ではないか」と指摘。民間の労使による負担ではなく、政府の負担で賄うべきではないかと問題提起した。他の委員からも「所得保障的な意味合いが強くなり、育児休業給付の意味合いが変わってきている。本当に雇用保険で続けるべきなのか検討すべきだ」と賛同する声が上がった。

水道施設の水害対策、8割が未実施 地震に比べ手薄

東日本各地で続く水害で、水道設備の防災対策の遅れが浮き彫りになっている。台風19号では最大で14都県の約16万3千戸が断水。25日からの大雨でも千葉県で浄水場の設備が被害を受け約4700戸が断水した。厚生労働省の調査では、浸水想定区域にある全国の水道施設の8割で防水扉などが未整備で、水道インフラの災害リスクは各地に潜んでいる。
「もうすねの辺りまで水が来ている」。10月13日午前1時すぎ、福島県いわき市の「平浄水場」の職員は市水道局に電話をかけ、浄水場の緊迫した状況を報告した。
電話から約15分後、浄水場の南側約900メートルの夏井川が決壊した。流れ込んでくる水は勢いを増し、結局水位は80センチの高さにまで達した。電源盤が水没して故障し送水ポンプが動かなくなり、一時、市の給水戸数の3割超に当たる約4万5千戸が断水した。
浄水場はハザードマップの「浸水想定区域」にあったが、防水扉や入り口のかさ上げなどの対策は取られていなかった。市水道局の担当者は「東日本大震災で水道管の破損が相次ぎ、老朽化した管の更新を急いだ。同時に浸水対策を進める費用は捻出できなかった」と説明する。
台風19号では各地で浄水場の被災が相次ぎ、茨城県大子町で最大約7900戸、宮城県丸森町では最大約3400戸が断水した。台風21号や低気圧による25日からの大雨でも、千葉県鴨川市で浄水場の送水ポンプが浸水、最大約4700戸が断水した。
2018年7月に広島県などを襲った西日本豪雨では最大約26万3千戸で断水した。
西日本豪雨を受けて厚労省が昨年末にまとめた全国の主要な浄水場などの緊急点検結果によると、3152施設が浸水想定区域にあった。うち81%の2552施設は防水扉の設置など浸水対策が取られていなかった。
防災対策の遅れの背景には水道事業体の財政難もある。厚労省によると、人口減などで全国の事業体の3分の1が供給コストが料金を上回る「原価割れ」の状態だ。国は2018年12月から重要度の高い水道施設に対し、災害対策費の3分の1〜4分の1を補助する緊急対策を始めている。
もっとも、年々激しさを増している最近の豪雨では、これまでの国の対策では想定していなかった取水口や水路の閉塞といった新たな問題も浮上している。
台風19号で被害を受けた神奈川県南足柄市の矢倉沢浄水場では、水源の狩川上流で土砂崩れが起き、流れ込んだ土砂や流木で水路がふさがれた。浄水場内のポンプも土砂で故障し最大約6900戸の断水につながった。
通常時はごみをかき上げる機械で水路の閉塞を防いでいるが「今回は濁流の勢いが予想以上で機械の許容量を超えてしまい、土砂で水路がふさがれた。職員の派遣も間に合わなかった」(同市上下水道課)という。
水道施設の防災に詳しい金沢大の宮島昌克教授は「これまで水道施設の水害対策は、地震対策に比べて手薄だった」と指摘。施設強化などのハード対策は時間やコストがかかるとして「水害の発生を前提に、水の備蓄や応急給水体制の充実などの対策を進めることも重要だ」と話している。

学生、動いて学んで地域耕す 講義の枠超え実行力に

学生がキャンパスを飛び出し、地域の未来を考えたり、文化の魅力を伝えたりする活動が広がっている。課題解決型学習と呼ばれる授業の手法で、問題意識やチームワークが学びの成果につながる。学生らしいアイデアと行動力は、社会との新たな結びつきを築いている。
9月10日、東日本大震災の被災地復興への課題を考える「陸前高田プロジェクト」の報告会が立教大学池袋キャンパス(東京・豊島)で開かれた。参加したのは立教大、米スタンフォード大、香港大、シンガポール国立大の学生21人である。
学生は大学の枠を超えて5チームに分かれ、9日間の活動をともにした。岩手県陸前高田市について学んだ後、現地に5日間滞在し、人々に聞き取りをしたり、街の魅力を探したりした。会話は英語を用いており、通訳は立教大生が担う。
「Team Gohan Rice」の4人は、普門寺に納められた「ねがい桜」を紹介した。地元の女性たちが慰霊のため、全国から寄せられた着物などを材料に桜の花をかたどった。花の数は1万8千を超える震災の死者・行方不明者に相当し、「二度と散らないように」との人々の願いが託されているという。
「SOBA TEAM!」の4人は、ゴーヤーなどを育てる農家を訪ねた。津波で農地が流されたこと、復興へ後継者不足に悩んでいることなどを報告した。地元の農作物を素材に商品をつくり、全国に情報を発信してはどうかと提案した。
全チームが報告書をまとめた。被災地の現状や街の魅力を世界に知ってもらおうと、現地で撮影した多くの風景を写真投稿サイトから発信した。
立教大は2003年から同市で学生の林業体験を続けている。その縁で始まった同プロジェクトは7年目を迎え、海外にも理解者を広げてきた。学生は「言葉の壁を越えて話し合う難しさと大切さがわかった」などの成果を得たようだ。
「被災地には、いまを伝えてほしい、忘れないでほしいという思いがある。その気持ちに寄り添うことが大切です」。プロジェクトを担当する立教大グローバル教育センターの高井明子特任准教授は意義を語る。
交渉や予算管理
映画上映会を企画・運営したのは立命館大学映像学部の学生6人だ。履修科目の一環である。
9月21日、「京都みなみ会館」(京都市)でサイレント映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督)の有料上映会が開かれた。世代の異なる映画ファン100人が訪れ、会場は8割強の座席が埋まった。
同作品は1920年代に公開された。貴族階級と下層階級に分断された格差社会、科学技術が発展したおよそ百年後の未来が映し出されている。サイレント映画の専門会社から16ミリフィルムを借り、本格的な上映会の実現にこだわった。
この作品を選んだのは、映像文化にふさわしい貴重なSF作品という理由だけではない。活動弁士が映像に合わせて語り、演奏家が生で伴奏をするサイレント映画ならではの臨場感を楽しんでほしかったからだ。
上映会後、シニア世代の女性が「とても懐かしいひとときでした」と声をかけてきた。ある若者は「初めて体験したけれど、面白く、興味を持った」という感想を投稿サイトにつづっていた。
学生は鑑賞者のメッセージに勇気づけられた。活動弁士や演奏家、会場などとも交渉し、予算管理にも気を配らねばならなかったからだ。
渉外担当の2回生、後藤優風さんは「情報を共有し、計画を実現する難しさと大切さを体験した」と振り返る。また、ともに3回生で広報担当の鈴木奈々さんと松崎優里香さんは「世代を超えて作品を楽しんでくれた反応が伝わってきた」と手応えを感じている。
実習担当の川村健一郎教授は上映会の意義を強調した。「社会とのつながりの中で何事かを実現できる確信を学生に持ってもらうことが重要ではないか」。同学部では卒業後、映像ビジネスに携わる学生も多く、実習は貴重な社会経験になる。
SDGsを実践
想定外の台風災害に遭遇し、活動の輪を広げる学生たちがいる。
「お釣りは被災地へ寄付を」。9月24日、昭和女子大学の高木俊雄准教授のゼミ生らは、千葉県香取市で収穫された大根やさつまいも、梨などの販売会を東京都内で開いた。思いがけず購入者から支援を託された。
9月初めの台風15号によって、香取市でも農家のビニールハウスが壊れるなど大きな被害が出た。学生はボランティアで復旧作業に加わり「規格外を含む農作物の販売を提案しました。今後も協力したい」(3年生の高崎杏実さん)という。
学生たちはグローバルビジネス学部に所属する。高木准教授の下で国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに、2019年度から国内4都市で研究・活動を計画している。まちづくりや産業振興策などを地域の若者と一緒に考えるのが目的だ。
香取市は対象の一つ。今夏、県立佐原高校の生徒8人と地域の関係者へ聞き取りをして問題意識をまとめた。「農業従事者が減るなか、どのような農業の未来を築いていけばよいか」「香取神宮、日本地図を完成させた伊能忠敬の記念館など名所をどう活用するか」
香取市ではSDGsが掲げる17の目標のうち、「産業と技術革新の基盤をつくろう」「住み続けられるまちづくりを」など6つの目標があてはまった。そして地域を大切にする人々が多いことに刺激を受け、より身近な街になってきた。
ほかのゼミ生たちもグループに分かれ、通信環境が充実している徳島県美波町、金属加工の産業集積がある新潟県燕市で活動している。豊かな農業や漁業がある北海道釧路市でも計画している。
地域で一緒に活動する中高生とシンポジウムを開く予定だ。高木准教授は「若者にこそ、ふるさとの未来を考え、行動し、新しい時代をつくってほしい」と強調する。

国際手話 五輪で注目

外国人との交流・ボランティア活用 熟練者の育成が課題
来年の東京五輪・パラリンピックを見据え、海外の聴覚障害者とコミュニケーションする方法として国際手話が注目されている。訪日外国人との交流やボランティアでの活用などが期待され講座で学ぶ人が増加。ただ正確な通訳ができるほど熟練した人はまだ少なく人材育成が課題だ。
東京都千代田区にあるビルの一室で5日、日本国際手話通訳・ガイド協会が運営する中級講座が開かれた。静かな教室で、講師と生徒数人が国際手話でさまざまな単語をやりとり。話が通じると一気に笑顔が広がった。
国際手話は、聴覚障害者が国際会議などで使用する言語。耳の聞こえない外国人が全員習得しているわけではないが、聴覚障害者による国際総合スポーツ大会デフリンピックなどで広く活用されている。
中級講座の生徒で埼玉県入間市のパート、青塚昌子さん(53)は「国際手話を身につけて東京五輪・パラリンピックの都市ボランティアに臨みたい」と声を弾ませる。講師を務めるガイド協会の砂田武志代表理事(58)によると、生徒は約3年前から3倍に増え、現在は約100人に上る。
東京都は、国際手話や米国で使われるアメリカ手話を学ぶ人に対し、受講料の半額を補助する制度を設けた。2014年度の利用者は110人だったが、2018年度は341人にまで伸びた。
学びの場は各地に広がる。ガイド協会は広島市ろうあ協会と連携し来年から広島県内で講座を開く計画を進める。被爆地を訪れる外国人を国際手話で案内することを目指す。
日本財団ボランティアサポートセンターは来年の東京大会の運営に携わる大会ボランティア予定者向けに開く手話講座に国際手話を盛り込んだ。9月に受講した千葉県浦安市の会社員、八木政道さん(33)は、チケット購入やレストラン案内を想定した手話を学び「世界中の人をおもてなしできたら」と目標を描く。
だが通訳者の人数は十分ではない。外国人向けにツアーと通訳ガイドを紹介する企業「otomo」(東京・文京)は、インターネット上で客がガイドを選ぶ際、英語などに加え国際手話を選択できるようにする予定だが、当面は用意できるガイドが5人前後にとどまる見通しだ。
2025年に日本でのデフリンピック開催を目指す全日本ろうあ連盟は今月末に学習本「Lets’ Try国際手話」を発行する。ページのQRコードをスマートフォンで読み取れば動画が見られる。吉野幸代理事(47)は「本を使って国際手話ができる人が増えてほしい」と語った。

虐待の痕を見逃さない、法医学者らがチームでけが診断

虐待を見逃さず子どもたちの命を守りたい――。遺体を解剖する法医学者が生きている人の傷の原因を調べる「臨床法医学」が虐待の可能性を判断するのに役立っている。親が虐待を否定しても子どもの体の傷とは矛盾が生じる。千葉大医学部付属病院(千葉市)では児童相談所と連携し、法医学者らが子どもの傷を専門的に鑑定し医学的所見を示す取り組みを進めている。
千葉大医学部付属病院の小児科は2018年、国内の大学病院として初めて「臨床法医外来」を開設した。同外来は児相の依頼を受けた場合、体に傷やあざなどがある子どもを診察して児相に意見書を提出する。
同外来には小児科医のほか、法医学者、コンピューター断層撮影装置(CT)画像を分析する法医画像診断医、虫歯の状況から育児放棄(ネグレクト)を調べる法歯科医らが加わっている。
児相が一時保護した子どもは被害の目撃情報がなかったり、本人が被害状況を正確に伝えられなかったりして、けがが親の虐待によるものなのか判別が難しいケースが多い。同外来では組織横断的なチームが多角的に診察し、虐待の可能性を判断している。
「親が『水ぼうそう』と説明した水ぶくれは『やけど』だった」「子どもの皮膚に残る2本の線状のあざは棒でぶたれた可能性を示す『二重条痕』だった」。法医学者は遺体から学んだ鑑定技術を、臨床法医外来に来た子どもの傷の原因を調べるのに生かす。
同外来に協力する千葉大付属法医学教育研究センターの猪口剛准教授は「一般的な臨床の診察では意識しない所見でも、法医学的な見地から評価すれば、虐待を疑わせる痕跡が見つかる場合がある」と指摘する。
同外来が所見をまとめて児相に提出した意見書は18年に23件、19年は半年だけで30件超に上る。担当者らが意見を出し合い、虐待の疑いがあると判断すれば「身体的虐待を念頭においた対応が望ましい」と記す。
児相がけがをした子どもを一時保護しても、虐待を認める親は少なく、けがの状態と親の説明が食い違う。児相で35年の勤務経験があるNPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は「虐待によるけがの疑いがあっても、親から『転んだ』『何もしていない』と説明されれば覆すのは難しい」と指摘。親の否認に対して法医学者らによる医学的証拠を示すことが重要だと強調する。
課題は虐待を受けた子どもが臨床法医外来を訪れるまでにかかる時間だ。多くは別の病院などで既に治療を受けている。時間がたつと、傷やあざが回復し客観的な証拠が消えてしまう。猪口准教授は「緊急性が高い事案でも受診先や児相で傷の写真をなるべく早く撮影し、記録を残すよう助言している」と話す。
もう一つの課題は法医学者の不足だ。日本法医学会の認定医は約140人と少なく、外来を担当できるのは一握り。法医学者が少ない地方では遺体の司法解剖だけで手いっぱいという。
千葉大付属法医学教育研究センターの岩瀬博太郎教授によると、児童虐待を巡る診察に法医学者が参加するのは欧州各国では一般的だ。岩瀬教授は「法医の目や知識は犯罪の被害者を減らすことにも生かせる。実績を重ね、他の地域にも広げられるようにモデルを示したい」と話している。
死亡児童、15年間で1108人
警察庁の統計によると、2018年までの15年間に虐待で死亡した児童は1108人に上る。虐待を疑われるけがが見過ごされたケースもあり、大阪市では2011年、乳児の1カ月健診で腕や脚が骨折していたのに医師が児童相談所に通告せず、乳児が死亡する事件が起きた。
児童虐待の疑いがあるとして、児相が対応した件数は2018年度に15万9850件(前年度比19.5%)となり、28年連続で増えた。児相が一時保護する事案も増え、2017年度は1万3152件(同596件増)あった。
児相への通告件数が増えていることについて、警察庁の担当者は「虐待への社会的関心の高まりで、通報する人が増えている」と分析。その結果、早い段階で虐待を食い止められたケースがあるとみている。

知的障害者よ、街に出よう 人との交流から自立の糸口

重度の知的障害がある息子に生活の場をつくりたいと、NPO法人のクリエイティブサポートレッツ(浜松市)を立ち上げた久保田翠・理事長(57)。半生をたどる連載の最終回は、地域や人との交流について。そこから自立の糸口も見えてくるという。
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 重度の知的障害のある人をありのままに受け入れる――。「たけし文化センター」の理念をとりいれた福祉施設を2010年に浜松市郊外に開設。2018年には同市の中心部にも新施設を立ち上げた。
街中に出たのは、このままじゃいけないという危機感からです。世の中には共生社会といった言葉があふれていますが、彼らに接したことがある人は本当に少ない。知らないから目を背ける。言葉では伝わらないので、我々から出て行って知ってもらおうと考えました。
街中では多くの発見があります。家電が大好きな人が、電気屋さんに何時間も居座り、オーディオアンプを前に「これがほしい」とねだり続けました。付き添っていたスタッフが店員に聞くと8万円もします。手持ちは70円しかありません。
店員から「高額なので売り切れはないと思います。後日ご来店されても大丈夫ですよ」と丁寧に対応されると、その人は「そうですか」と言って、さっさと帰りました。街中では店員と客という関係が確立しており、障害者が訪れてもこうしたコミュニケーションが成り立つことに驚きました。
2017年度には、芸術分野で優れた業績をあげた人を対象とする「文化庁芸術選奨」の新人賞に選ばれた。
知的障害者の存在を知ってもらい、イベントなどを通して社会を揺さぶる。そんな活動が「芸術」として認められたのはありがたいことです。
ただ重度障害のある息子を持つ私たち家族にとって、ここにいたる経緯は生き延びるための一つの対処法だったようにも思います。
ずっとそばで支えてくれた夫は今年3月に病気で他界しました。仕事を続けながら、息子の壮(たけし)を献身的に介助し、最期まで彼のことを思っていました。今の社会では家族にかかる負担が大きすぎます。私の目標は壮が自立することであり、そして壮の自立は私の自立でもあると考えています。
 浜松市中心部の新施設には宿泊・住居機能もある。壮さんは10月から、そこで暮らし始めた。
知的障害者は親が亡くなった後のことを考えなければならないといわれます。果たしてそうでしょうか。
先日、壮が髪を金色に染めました。文化センターに泊まりに来た人やスタッフが「カッコイイんじゃないの?」というノリでやりました。最初は本人の意志なのかと戸惑いました。
けれども23歳になった壮がどう生きるべきか、何が幸せかは、親である私にも分かりませんし、いつまでも親が決めていいわけがありません。金髪にしたのは、友人たちが意見を出し合い合意形成した結果です。壮にとって新たな関係を開くきっかけになると思っています。
それは障害のない人でも同じでしょう。人は様々な人から影響を受けて自分を形成しています。そこに厚みがあればあるほど、豊かな人生になるのではないでしょうか。
(安芸悟)

学生、動いて学んで地域耕す 講義の枠超え実行力に

学生がキャンパスを飛び出し、地域の未来を考えたり、文化の魅力を伝えたりする活動が広がっている。課題解決型学習と呼ばれる授業の手法で、問題意識やチームワークが学びの成果につながる。学生らしいアイデアと行動力は、社会との新たな結びつきを築いている。
9月10日、東日本大震災の被災地復興への課題を考える「陸前高田プロジェクト」の報告会が立教大学池袋キャンパス(東京・豊島)で開かれた。参加したのは立教大、米スタンフォード大、香港大、シンガポール国立大の学生21人である。
学生は大学の枠を超えて5チームに分かれ、9日間の活動をともにした。岩手県陸前高田市について学んだ後、現地に5日間滞在し、人々に聞き取りをしたり、街の魅力を探したりした。会話は英語を用いており、通訳は立教大生が担う。
「Team Gohan Rice」の4人は、普門寺に納められた「ねがい桜」を紹介した。地元の女性たちが慰霊のため、全国から寄せられた着物などを材料に桜の花をかたどった。花の数は1万8千を超える震災の死者・行方不明者に相当し、「二度と散らないように」との人々の願いが託されているという。
「SOBA TEAM!」の4人は、ゴーヤーなどを育てる農家を訪ねた。津波で農地が流されたこと、復興へ後継者不足に悩んでいることなどを報告した。地元の農作物を素材に商品をつくり、全国に情報を発信してはどうかと提案した。
全チームが報告書をまとめた。被災地の現状や街の魅力を世界に知ってもらおうと、現地で撮影した多くの風景を写真投稿サイトから発信した。
立教大は2003年から同市で学生の林業体験を続けている。その縁で始まった同プロジェクトは7年目を迎え、海外にも理解者を広げてきた。学生は「言葉の壁を越えて話し合う難しさと大切さがわかった」などの成果を得たようだ。
「被災地には、いまを伝えてほしい、忘れないでほしいという思いがある。その気持ちに寄り添うことが大切です」。プロジェクトを担当する立教大グローバル教育センターの高井明子特任准教授は意義を語る。
交渉や予算管理
映画上映会を企画・運営したのは立命館大学映像学部の学生6人だ。履修科目の一環である。
9月21日、「京都みなみ会館」(京都市)でサイレント映画「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督)の有料上映会が開かれた。世代の異なる映画ファン100人が訪れ、会場は8割強の座席が埋まった。
同作品は1920年代に公開された。貴族階級と下層階級に分断された格差社会、科学技術が発展したおよそ百年後の未来が映し出されている。サイレント映画の専門会社から16ミリフィルムを借り、本格的な上映会の実現にこだわった。
この作品を選んだのは、映像文化にふさわしい貴重なSF作品という理由だけではない。活動弁士が映像に合わせて語り、演奏家が生で伴奏をするサイレント映画ならではの臨場感を楽しんでほしかったからだ。
上映会後、シニア世代の女性が「とても懐かしいひとときでした」と声をかけてきた。ある若者は「初めて体験したけれど、面白く、興味を持った」という感想を投稿サイトにつづっていた。
学生は鑑賞者のメッセージに勇気づけられた。活動弁士や演奏家、会場などとも交渉し、予算管理にも気を配らねばならなかったからだ。
渉外担当の2回生、後藤優風さんは「情報を共有し、計画を実現する難しさと大切さを体験した」と振り返る。また、ともに3回生で広報担当の鈴木奈々さんと松崎優里香さんは「世代を超えて作品を楽しんでくれた反応が伝わってきた」と手応えを感じている。
実習担当の川村健一郎教授は上映会の意義を強調した。「社会とのつながりの中で何事かを実現できる確信を学生に持ってもらうことが重要ではないか」。同学部では卒業後、映像ビジネスに携わる学生も多く、実習は貴重な社会経験になる。
SDGsを実践
想定外の台風災害に遭遇し、活動の輪を広げる学生たちがいる。
「お釣りは被災地へ寄付を」。9月24日、昭和女子大学の高木俊雄准教授のゼミ生らは、千葉県香取市で収穫された大根やさつまいも、梨などの販売会を東京都内で開いた。思いがけず購入者から支援を託された。
9月初めの台風15号によって、香取市でも農家のビニールハウスが壊れるなど大きな被害が出た。学生はボランティアで復旧作業に加わり「規格外を含む農作物の販売を提案しました。今後も協力したい」(3年生の高崎杏実さん)という。
学生たちはグローバルビジネス学部に所属する。高木准教授の下で国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに、2019年度から国内4都市で研究・活動を計画している。まちづくりや産業振興策などを地域の若者と一緒に考えるのが目的だ。
香取市は対象の一つ。今夏、県立佐原高校の生徒8人と地域の関係者へ聞き取りをして問題意識をまとめた。「農業従事者が減るなか、どのような農業の未来を築いていけばよいか」「香取神宮、日本地図を完成させた伊能忠敬の記念館など名所をどう活用するか」
香取市ではSDGsが掲げる17の目標のうち、「産業と技術革新の基盤をつくろう」「住み続けられるまちづくりを」など6つの目標があてはまった。そして地域を大切にする人々が多いことに刺激を受け、より身近な街になってきた。
ほかのゼミ生たちもグループに分かれ、通信環境が充実している徳島県美波町、金属加工の産業集積がある新潟県燕市で活動している。豊かな農業や漁業がある北海道釧路市でも計画している。
地域で一緒に活動する中高生とシンポジウムを開く予定だ。高木准教授は「若者にこそ、ふるさとの未来を考え、行動し、新しい時代をつくってほしい」と強調する。